恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


自分のグラスをテーブルに置き、続いて夏耶の持っているものも優しく奪って、割れないようにテーブルに避難させると、彼は夏耶の頬に手を添える。

夏耶は困ったような、泣き出しそうな表情をしていて、けれど抵抗する様子はなかった。


『……怖がらなくて平気だよ。ちゃんと、沢野の反応見ながらするから』

『お、お願いします……』

『はは、かしこまりすぎ。楽しめばいいんだって。ほら、目、閉じる』


必要以上にぎゅっと目を閉じる夏耶が可愛くて鼻から息を洩らした桐人は、その強張った目元を溶かすように、まぶた優しい口づけを落とす。

様子を窺うように薄目を開けた夏耶の視線は、色気を纏った桐人の瞳とぶつかって、吸い込まれると錯覚した瞬間、唇が合わさった。

優しく啄むようなキスに、夏耶の身体から自然と力が抜け、二人はゆっくりソファに横たわる。

そっと夏耶の髪に手を差し入れて梳き、微笑を絶やさない桐人は、まさに遊び慣れた大人の男という感じ。

真剣さが欠けているぶん、夏耶は罪悪感を感じずに済んだが、けれど服の中に彼の手が滑りこんでくると、とてつもない哀しみが彼女を襲った。

好きな相手は自分など見ていない。だから、今こうして自分が誰に抱かれようと、俊平は何も思わないだろう。

それでも、このまま桐人を受け入れたら、夏耶は何か大切な物が壊れてしまう気がした。

彼女のそんな思いとは裏腹に、桐人は巧みな愛撫で夏耶を天国へ連れて行こうとする。


「ダメ……せんせ、やっぱり、わたし……っ」


夏耶の喉の奥に熱いものがこみあげ、桐人の身体を押し退けようとするも、抗えない快感はすでに彼女の背筋を駆けのぼっていた。

声を殺し、遠慮がちに身体を震わせた夏耶は、びりびりと痺れるような感覚が残る身体をかき抱くと、桐人から顔を背け、涙をあふれさせる。



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