恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
自分の部屋で女性と会っているときに、こんな気まずい空気になったことがかつてあっただろうか。
桐人は慣れない展開に戸惑いつつ、できるだけ夏耶を傷つけないように心を砕いた。
『……シャワー、浴びておいで。タクシー呼んでおくから』
『そんなことまで、大丈夫です、歩いて帰れます』
『こんな時間に一人で歩いて帰る気なら泊まって。……嫌ならタクシー』
『……先生、ホントに、私……』
『早く決めないと襲うよ?』
口ごもった夏耶が着替えを持ってバスルームに消えたのを確認すると、桐人はベランダに出てタクシー会社に電話をした。
それが終わると煙草をくわえ、時折吹く風に前髪を揺らしながら、ひっそりと静まり返った深夜の街をぼんやり眺める。
(ひさびさに、“我慢”ってやつを強いられたな……)
部屋に来ても、ときどき夏耶のように“やっぱりダメ”と言って桐人を拒もうとする女もいたが、言葉巧みに口説けば、最終的には皆彼を受け入れた。
けれど、夏耶の純粋な想いの溶け込んだ涙を見たら、自分の嘘だらけの口説き文句など並べるだけ無駄だと、桐人は口にする前からなんとなくわかった。
(……そんなに好きなわけか。彼女は、片想いの相手を)
彼女の抱える切ない気持ちに触れてみると、桐人はあのまま夏耶を抱いてしまわなくてよかったと心から思った。
そして、これからも、彼女にだけは手を出すことはないだろう。
(願わくば、彼女の恋が成就しますように――。)
他人の恋愛を応援することなど、初めての経験かもしれない。
しかも、寸前でお預けを喰らった相手に対して、だ。
桐人はそんな自分を滑稽に思うと、ひとりベランダで苦笑を洩らした。