恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「……今の夏耶ならやりかねない」
「“今の”――ってなに? 夏耶は今も昔も、アンタのことだけ想って不器用に生きてるのに……」
律子の真剣な様子から、段々と俊平の中でさっき聞かされた事実が現実味を帯びて彼の胸にのしかかってきた。
しかし、だからといって受け入れられるかどうかは別である。
彼はどうにか“事実じゃない”と思い込みたくて、律子の話をあしらおうとする。
「だから、夏耶はそんな一途な女じゃねぇって……」
「もういい! アンタなんかに話した私がバカだった。……夏耶のことなんとも思ってないなら、もうあの子に二度と近づかないで」
「……言われなくても」
俊平の答えを聞くなり律子はさらに眉を吊り上げたが、何も言わずに荒々しいオーラを纏いながら車に戻っていく。
バム!と大きな音を立てて閉まった運転席の律子は涙を流しているように見えたが、すぐに車は走り去ってしまったので、俊平の見間違いかもしれない。
それでも、彼の心に大きな影を落とすのには、充分だった。
(カヤ……まさか、本当に俺の子を……?)
律子がいなくなり、感情的になっていた自分がおさまってくると、俊平のなかにやっとその事実を見つめられる冷静さが戻ってきた。
律子が言っていることはすべて本当で、夏耶は今も昔も変わっていないのだとしたら……
あの日、俊平に罵られて、傷ついたまま、ひとりで妊娠の事実と向き合っているのだとしたら……
彼の心臓はどくんと重い音を立て、泣いている夏耶の映像が、勝手に脳裏に浮かぶ。
「俺は……どうしたら……」
彼は呆然としてそう呟いたが、なかなか体育館に戻らない彼を呼び出す校内放送が流れたせいで、物思いにふける暇はなかった。
ランニング中にかいた汗は律子と話している間に冷え、それが体にはりつくのを不快に感じながら、俊平は急いで体育館に向かって行った。