面倒くさがりの恋愛
「あ。えーと。まだ日は浅いんだけど……どうして解ったの?」

 高嶺さんが目を丸くして、それから首を傾げる。

「さっきの口論が、とても個人的な感じだったので」

 最初が知らないから、最後の口論しか聞いていないけど。

 物凄く個人的な言い争いだった。

「うーん。そうかぁ。少し気を付けないとね……」

「結婚されるんですか?」

「え。いや。まだ、そこまで、まだ」

「よく付き合い始めましたよね」

 パクパク食べながら呟くと、高嶺さんが目を丸くした。

「私なら社内の人は嫌ですけど」

「え。あれ? 信藤さん、社内で何かあった?」

「ある訳がないじゃないですか。ないようにして働いてきたんですから」

 逆にあったら困るわよ。

 あったら困るのに、困った事態になったから困ったのよ。

 ハンカチで口を拭いてから立ち上がる。

「では、お先です」

 トレイを持ち上げようとしたら、持ち上がらないのに気がついて、生嶋さんを見た。

 目を丸くした彼が、トレイを押さえている。

「……あの?」

「やっぱり、どこかで会った事がない?」

 あるわよ。

「生嶋~。なんなのそれ。うちの部の子だもの、よく出入りしているあんたが初対面のはずがないでしょう?」

 高嶺さんが笑っている。それに微笑んでトレイを横に引いた。

 あっさりと外れた生嶋さんの手。

 そのままトレイを持ち上げて、頭を下げる。

「失礼します」

 淡々と挨拶して、返却口にトレイを戻した。

 うん。なんて事のない日常よ。

 あれもこれも、もう過ぎたこと。

 会わなければ会わないで、いずれは過去になっていくだけのお話。

 簡単な話じゃないの。

 慌てることもなければ、気にすることもない。

 だって、あんなに目の前にいても気がつかなかったんだから大丈夫。

 大丈夫なら、それに越したことはないだろうし、あんな事があった上にバレたら面倒くさいし。

 面倒は避けて通るのが普通よ。

 そう思うんだけど……

「どーしてそれでやっちゃわないかな~」

 目の前には出来上がった紗理奈。

 真っ赤な顔をして、笑いながら私を指差す。
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