猫とカフェ
もちろん私は粒あん大好きっ子なので、そちらを使わせてもらう事にした。
普段から作り慣れている物なので、ササっと準備をしてフライパンにバターをしいて焼き始めていた。焼いてる間に挟む分の生クリームの用意等をしてあまり時間がかからないように気をつける。フェスタのようにみんなが気が短いと文句を言われそうでセッセと動くのが賢明だと判断したからだ。
気がつくとフェスタもチャ―ちゃんもこっそりこちらの様子を伺っている。
「ええ~匂いじゃね~。アレなんじゃろ?美味しいっていいよったんは?」
「そうそう!まあ絶品まではいかんけど、普通においしいで」
お二人さんよ…全然ひそひそ話になってないし、こっちにも全部聞こえておりますよ。顔だけひょこっと出していてこっそりした風だが、声のデカさでこっそり感はゼロだった。
「小豆の美味しさはフェスタにししえてもろ~て大感謝しとるんよ!私のレパートリーも増えたし。あとロマルのシュークリーム?あれ一口分だったけど美味しかったわ~」
全部私の好きな物じゃんか!なるほどね…こういう風にしてこの世界にいろいろ
伝わってるんだね…パンケーキを何枚か焼き終えて更に追加分の焼きに入る。
「一応何枚か出来ましたけど、食べてみます?」
顔だけ覗かせている二人組に声をかけた。
「じゃあ食べてみていい?」
「はい!小豆と生クリーム入れますね」
私好みの量を入れてもいいのか分からなかったが、いつも通りにしておいた。
フェスタもチャ―ちゃんもいい子にして目の前に並べられたパンケーキを食べ始めた。
「いいね~コレ!好きな人にはたまらないね。小豆も生クリームもあっさりしてるし食べやすい。バターを追加で入れたいくらいだけど、これ以上太れないし…このくらいで我慢しとくか。今度私も作ってみよう」
フェスタも無言で食べている。
「お姉ちゃんさあ…スイーツ食べるの好きだよね。それで今まで食べてきた中で美味しかったな…とか家では作れないけどこういうの食べてみたいなとかある?」
もちろんあるに決まっている!
「はい。ピスタチオを使ったペーストに刻んだピスタチオも少し入ってて、酸味のあるラズベリーのソースが薄っすら敷いてあってカスタードクリームも使ってある三層のケーキは凄く美味しかったです」
とても美味しいケーキだったので最近の記憶に残っている。

多分フェスタもクリームをペロペロ舐めていたし記憶に残っているはずである。
「へえ…面白そう!ちょっと作ってみるわ」
言うが早いかキッチンに消えて行った。
片づけをする為に後に続いた。
「焼いたパンケーキは全部ここに置いておいてくれる?後で使うから」
「はい」
片づけをしながらチャ―ちゃんの様子を伺っていると、下の別の冷蔵庫から色んな手作りの容器を何種類かだしブレンドしているようだ。
あまり見ていても邪魔になってはいけないので、フェスタのいるリビングに戻った。
「まあ楽しみに待っといたら?チャ―ちゃんもあんた以上にスイーツ好きやけど
あんたと違うとこはそれを作れるってとこやから。基本猫は生クリームとか大好きやから特にスイーツのレベルは高い。チャ―ちゃんはスイーツのお店何種類か持ってる有名人やねん」
そ…そうなんだ。ていうか、そんな人に封開けたジャムの土産とか家で作ってる平凡なおやつは失礼だったのではないかと内心ドキドキした。
「チャ―ちゃんは情報収集大好きやし、何でも口にしたり聞いたりして色んなスイーツ誕生させとる。俺もかなり役に立ってるはずや」
軽く自分アピールを入れてくるのは気に入らないが、今私に色んな事を教えてくれるいわば先生?の一人(一匹)なので何も言えない。
さっきの美味しかったスコーンを食べて紅茶を飲むことにした。
本当は質問したいし、数々の疑問もぶつけたい…でも何となく聞けない状況なのも分かっている。修行をしに来ているからには今はその事に集中するべきなのも察しがつく。
頭を切り替える為に周りを見回してみるが、窓等もなくここはやはり地下?かどうかもよく分からないが…一室ではなくこのリビングとキッチンで最低でも2部屋はありそうだ。シンプルにあまり物が置いていない所をみるとここで生活しているとも思えないし、多分スイーツを考える為の部屋?なような気がする。
どちらにしても私の暮らしとは大違いの裕福な暮らしだと思う。
普段の私とは全く違う生活なんだろうな…自分の好きな事ができる部屋なんて持った事ないし、これからも持てる気は全くしない。
もともとマイナス思考な私だけど、精神疾患になってしまって心の中はどんよりとしたグレーな色で霧がかっていたくらいだ。
この歳で新たに何ができるのか…もう出来ないのではないか…と

もっと手に職がつく事をしっかり学んで食いっぱぐれのないようにしておけば良かった。今まで何を呑気に生活をしてたんだろうと後悔が滝のように押し寄せてきていたし。これから後悔の毎日で暗い事ばかり考えて自分を責めていたかもしれない。きっかけはなんであれ、その毎日から少しでも遠ざけてくれる予感がするこの可愛くない飼い猫の話に流されてみてもいいかもしれないし、少し楽しんでる自分もいる気がする。
最近…誰かこんなに話をした記憶さえない。
そんな事を漠然と考えているとウトウトと眠気が…駄目だ!寝ている場合ではない。
「お待たせ~」
ちょうどいいタイミングでチャ―ちゃんが呼びかけてくれた。
目の前には私が焼いたパンケーキ…がまず猫の顔の形をしている。めちゃ可愛い!そのパンケーキに何か挟んであるのが横の層から分かる。茶色・赤・クリーム色の三層になっていた。
「これ…例の層を再現したものですか?」
食べるのが若干もったいない気がして、まず説明を聞きたかった。
「そうそう。再現出来てるかどうか食べてみて」
とりあえず一口食べてみる。
「美味しい!!これ本当に美味しいです。ピスタチオの香りと触感もいいし、程良い酸味とそれを後からくるカスタードも丁度いいし」
「ホントは下をタルトのような生地にするとまたいい感じになるけど、そうするとパンケーキではなくなるけ~ね~こんな感じで止めといたわ~」
フェスタはどんな反応なんだと思って目線をやるとフォークを持ったままウトウトしている。いつもなら朝ごはんを食べると眠っている時間なので仕方ないとは思うが…今日くらいは起きていてほしい。
「ちょっと…ちょっと。チャ―ちゃんが作ってくれたの試食してみたら?」
少し揺すってフェスタを起こした。
「おう…分かっとる。食べんでも美味いんやろ?おっ!デザインが注文通りやん!」
猫の顔の形にされていたのは、どうやらフェスタからのリクエストのようだ。
「なかなかええ顔しとるけど、もう少しスリムでもええような気もする」
「何言いよるん!あんたは十分これくらいの顔しとるわ。あんたがモデルだとこうなるんよ。もっと丸くしてもいいぐらいじゃわ~」
な…何やらモメ出している。味と全く関係ない事でモメ出している。。。
ここはどうしておくのが正解なんだろう。人見知りな私には難しい課題である。
「とりあえず、味は美味しいし完璧なんじゃないですか?」
勇気を出して話しかけてみた。
「ねえ?どう思う?フェスタよりもまだ私の方がスリムだよね…フェスタの方が太ってるよね」
話を戻すな!!むしろもう味の事よりそっちの方が気になっとんかい!
しかもどっちも太ってるし、返答に困るような質問してくるなよ。
と心の中で意見し、表情は少し困っている表情に留めておいた。
「まあ、今そんな事をいうてても仕方ないやろ。話も前に進まんし」
「う~ん、そうだけど…」
少しふてくされ気味のチャ―ちゃんが渋々納得している。
ここはレディにゆずってやれよ!俺の方が丸いかも…とか何とか言ってご機嫌でも取ってあげたらいいのに…ホント小さい奴だな…と呆れ気味の私。
私が言ってもいいが、更に長引きそうな気もするし余計な事を言って失敗したくもなかったので、静かに待つ事にした。
「じゃあ…このクリームのレシピ作っとくね。また気になる事があったら言って」
「はい…有難うございます」
じゃあ次はこの世界の調味料の使い方見せるからキッチンについてきて。
チャ―ちゃんに連れられキッチンに向かう。
「これが摘みたて物なんよ」
小さい葉をたくさん付けたローズマリーみたいな感じだ。思っていたよりも小ぶりだった。これをフライパンで炒ってフードプロセッサーで細かくするようだ。
「簡単でしょ?すぐ使えるし便利なんよコレ」
楽しそうに教えてくれるチャ―ちゃんにこちらもつられて笑顔になる。
メモを取りながら説明を聞いているがこちらがきちんとメモを取るまで待っててくれる。質問をすると、分かりやすく例を出しながら答えてくれる。
プラスなぜこの作業が必要なのかまで教えてくれた。
最近、こんなに熱心に教えて貰えるなんてなかなかある事ではない。
私の事を何の偏見もなく接してくれて、私の事をできると信じてくれている。
疑問にはとことん答えてくれて、ペースも合わせてくれている。
そんな親切というか優しさのある教え方もしてくれる人いなかったな…
習った事を自分の物にしたいと思うし、楽しい気持ちになっている自分もいる。
スイーツが好きという共通点が同じ…ただそれだけなのに。
ここに来て多分まだ数時間だとは思うけど、私はチャ―ちゃんの事を好きになっていたし尊敬の気持ちも膨らんできた。
人に教えるって大変なことだと思う。研修に参加したりもして来たけど、大抵サラッと流す感じで後は苦手なロールプレイングをさせられたりしてダメだしされたり…じゃあ見本見せてみろよとか理想だけを語って質問にはあいまいな回答しかもらえない事もたくさんあった。教える本人がマニュアルを読みながら…という場面もあった。
チャ―ちゃん…先生になればいいのに…と内心思いながらメモを書き進めていた。
「今日はそろそろ帰るで!」
フェスタの声でメモを取る手が止まる。
「あらまあ~そんな時間かいね。じゃあ続きはまたね」
「はい。今日は本当に有難うございました」
ゆっくりしたペースできちんと答えながら教えて貰えた事に本当に感謝していたので、礼も自然と深くなってしまった。
「ええんよ。お姉ちゃんも真剣に聞いてくれとるけえ~教えがいもあるんよ。またおいで」
「有難うございます」
ドアの前まで見送ってくれるチャ―ちゃんに何度も礼をしながらフェスタについて行った。色々考えながら歩いていたので急に我が家の台所に着いていて少し驚いた。
結果…チャ―ちゃんの部屋の一部しか見ていないので猫の世界がどうだったという感想は出てこないが、今の所こちらの世界とほぼ変わらないという事ぐらいだ。フェスタは既に寝る場所に向かっている。いつもより寝る時間が減っていたので仕方のない事だ。そのままそっとしておくことにした。
私はシャワーをサッと済ませ、今日の復習に取り掛かった。
ノートはバインダーに変えてページを増やせるようにし慌てて買いた部分は覚えている内に綺麗に書き直さないと後から見ても分からなくて困るからだ。
インデックスは最終的に付ける事にし、今日習った事を頭に思い浮かべながらノートをめくっていく。今日はパンケーキのソースの作り方と、調味料の使い方を習ったな…と自分の頭の中で整理し、気付いた事も追加でノートに書き込んだ。こんな場合は?と疑問に思う事は質問用に別のページにまとめる。
復習を終え、私もそのまま眠る事にした。
明日はどんな事をするのか予想もつかないが、今の私にとって何かをする…半ば無理やりなとこもあるけど…そんな目標がボンヤリとある事。それは病気からしても多分必要な事のような気がしている。
薬を飲んで後は何も考えず寝てしまっていた。
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