ある街の空
朝の吉祥寺駅前から上り方面の中央線快速には莉菜は未だに馴れない。
どうしてこんなにも科学が発達した世界で、人間が鉄の箱に詰められて仕事場に送り込まれなければならないのかと莉菜は疑問に思っている。
喋るロボット作る前に、ワープ装置でも作ってもらいたいものだと思っている。

鮨詰め状態の車内で今日も莉菜はおぼれている。

(どなたかのお父さん、お願いだから出来るだけ息を止めてもらえないですか。昨日のビールが残ってないですか?)

こうやって心の中で毎日誰かに話しかけている。そうでもしないと気を失ってしまう。

新宿駅でどっと人がおりて、選手交替。また同じ顔の人達が乗り込んでくる。

(ちょい、皆さんはご兄弟ですか?どうして50代のお父さん方はみんな同じ顔なの?)

皮肉を言っているが、密かに莉菜は彼らを尊敬している。日本を守ってるのは、毎日電車に乗って会社に戦いに行っているサラリーマンお父さんたちだと。日本のサムライは彼らのことだ。

御茶ノ水駅で降りて、オフィスへ向かう。

「おはようございます!酒井さん!」

眩しいほどの笑顔で莉菜に挨拶をしてきたのは一つ後輩の仙波徹郎。いつも、同じ時間の電車だろうか、駅前で良く挨拶される。
「おはよう。仙波くん。今日も暑いね。」

挨拶されたら、何かしら話さないといけない。駅から会社までは徒歩12分と微妙な距離になっている。

「酒井さん、今日の会議で次のプロジェクトのリーダーに選ばれるらしいですよ。すごいじゃないですか。」
仙波が興奮気味に話す。

「え?ちょっと待って。どこでそんな話になってるの?ムリムリ。」
いきなりの話で汗が吹き出る。

「青木課長と先週の金曜日に飲んだんですけど、その時に話されてましたよ。酒井さんを次のリーダーを任せたいって。信頼されてますね!酒井さんは!」
大きな目をさらにくりっとさせて、にっこり笑って見てくる。

(やめて、そんな目で見ないで。リーダーなんて。私は会社で目立たないで、細々とやっていきたいの。ただ、真面目なように働いてるだけで満足なの)

莉菜の社内での評判は上々で、礼儀が正しく、真面目で、気が利くと社内では密かに酒井莉菜のファンたちがいる。

恐る恐る聞く。
「仙波くん。私って仕事ができる大人に見えたりするの?」

「もちろんですよ!頼れるアニキって感じ。いや、女性だからアネキか。酒井さんとだったら仕事楽しいと思います。」

(この子、人を疑わずに生きてきたんだろうな。私の中身見せたら、幻滅するかな。人を信じれなくなるかな)
莉菜は想像しながら、仙波とオフィスへたどり着く。11分と30秒。長かった道のりだった。
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