寵愛の姫 Ⅰ【完】
「…はい。」
だから、天野さんの忠告にも私は曖昧に頷くしかない。
「じゃあな。」
そんな私を一瞥した天野さんは、そのまま身を翻して直ぐに人混みに紛れ込んで見えなくなる。
「………ありがとうございました。」
ぽつりと零れ落ちた天野さんへの感謝の言葉。
その声は、彼に届く事はない。
この場に残るのは、天野さんの煙草の残り香だけ。
「ーーー天野、さん。」
不思議な人。
この香りだけが彼がいた証拠。