寵愛の姫 Ⅰ【完】
「…何でもありません。」
首を振ってから、私は人の波をまた見つめる。
こんな風に誰かと一瞬にいて、居心地が良いと思ったのは生まれて初めてだった。
……だから、戸惑ってもいる。
何も知らない天野さん。
時々、天野さんが挨拶されている時に漏れ聞こえてくる“きょうさん”ってフレーズで、何となくせれが下の名前なんだって思ってる。
当たってるかどうかは勿論、私からは聞いてない。
…………年齢も天野さんが何者なのかも、私からはこれからも彼に聞くつもりもなかった。