Dilemma
一方。
愛梨は意識を失ったままだった。
鞄が顔にこんにちはしたくらいで大袈裟な…と思うかもしれないが、彼女にはそれを避けるスキルが無い。つまりはそういうことだ。
「…い。おーい。大丈夫か?アンタ」
ずしりっ。
…何だか体が思い、尋常なく。
…末期だろうか。
なんだろう。
何故だかここで目を開けなきゃいけない気がする、すごく。
ここで目を開けなきゃ話が始まらない気がする、本気で。
うっすらと目を開けた。
「おっ起きた。…一応形だけでも聞いとこうか。…大丈夫ー?」
整った顔立ちに漆黒の髪。
徐々に目が開いてくる。
「…だっ大丈夫…って」
目の前に置かれた状況に一気に目を見開く。
「ななな何してんのあんたァ!!?」
がばりっと起き上がろうとするも、それは出来なかった。
何故なら、彼女が体の上に乗っかっていて、それを許さなかったからだ。
「いや~鞄探してたらさ?あんたが倒れてんの見つけてさ。面倒臭いからほっといてもよかったんだけど、まぁ、私は優しいから起こしてやろうかなって。」
「いやそうじゃなくて、何で上に乗ってんの!?重い!どいて!!」
「人を起こすには、上に乗っかるのが一番だって昔、大人に教えられたんだ。」
「どんな大人っだっつーの!」
よもや、この世に子供にそんなことを教える大人がいたとは。
いや、突っ込むべきはそこではなくて。
「…ん?…鞄…?鞄…ってもしかして」
「おぉ、これな。探してたんだ。私の鞄。」
「………………」
「いや~実は今日、転校初日だったんだけどさぁ。遅刻しちまってさっき来たんだよ。」
「…さっき?」
「そんで、遅刻したこと咎められたら面倒だし、こっそり来て帰ろうと思ってさ。この屏登ってたら鞄ジャマだったから、先に中に入れたんだよ。」
「そっかそっかそれは大変だったね…ってあんたかァァァ!!!」
「あん?」
それまで冷静を装っていた愛梨がいきなり爆発する。
「だからそのあんたが投げた鞄が私の顔に当たったの!直撃!」
「は?それでここに倒れてたってのか?…なんつー軟弱…」
「いや当てといたあんたが言うな!」
「だって、ほんとのことだろ?」
「っていうか大体何で屏登って来たわけ!?もうちょっと行ったら校門あるじゃん!」
「なるべく近いほうがいいだろー?面倒だったんだよ。」
ぎゃーぎゃーと愛梨が責め立てても、本人はどこ吹く風だ。
「わーったよ。謝ればいいんだろ。悪かったな。」
「…いいよ別に。」
「…はっ…ツンデレ」
「じゃねえよ!!」
この期に及んでまだ言うか、この女。
「…ねぇそういえば気になってたんだけど。」
「…何」
「…あんたさっき自分のこと転校生だって言ってたよね?」
愛梨がそう言うと、志暢はふと真面目な顔になる。
「…そうだよ。言ったろ?遅刻してさっき来たって」
「…いやさっきってもう夕方なんですけど。」
始業式はもちろん午前中だ。
「っつーか何?お前は何してたのこんなとこで。」
初対面の相手にお前ってなんだオイ。
愛梨は思わず眉をひそめるが、本人は気にしている様子は無い。
「…私は久堂愛梨 新高校二年生。もちろん始業式には出たよ!よろしく。」
そこまで言って愛梨はふと気づく。
…私もさっきから結構失礼なこと言ってるけど、もしかしたらこの人上級生だったりするのかな?
そこまで考えて、一気に青ざめる。
「…あの」
「なーんだお前も二年か!同じだな!」
「…は…同い年?」
「あぁ、私も今年から新高ニだ。」
「…そうなんだ。あっ私も同じ転校生なんだ。」
ほっと安心する。
良かった…やらかしてない。
顔を上げると、女は難しげな顔をしていた。
「……………」
「?」
どうかしたのだろうか。何か
変なことでもいってしまったのか?
じっと横顔を見つめると、ふいに目が合った。
瞬間、ふっと悲しそうに目を細めて
「…そうか…お前もか…」
「え?」
お前もって…どういう意味?
同じ転校生だなってこと?
それにしてもさっきと様子が…
「…なぁ」
「あっはい?」
「…この学園はな、普通は転校生なんて受け付けないんだ。100年以上続く伝統校、普通は選抜された人間しか入学を許されない。」
「…それは」
さっきまでの雰囲気は消え去り、別人のようだと愛梨は思った。
「言ってる意味、解るよな?」