Dilemma


「じゃーな、なんか今日は悪かったな」

辺りはすっかり暗くなってしまった。
ぶるっと寒い空気に思わず震えた。

「ううん、こっちこそなんかありがとね。いろいろと…」

「はっ気にすんな。じゃーな、愛梨」

女は歩き始めた。

愛梨はしばらくその後ろ姿を見つめていた。
名前…覚えててくれたんだ。
途端、愛梨はハッと気がつき走り出す。


この日、私はいろんな意味で運命的な出会いをしてしまった。
そして、いずれ知らなければならない事実も目の当たりにした。

でも。


女を追いかけて駅にまで来てしまったが、女の姿は見つからない。


「クッ…」

さっきの言葉が蘇る。

『一体どっちが幸せなんだろうな。全てのものに手が届いて退屈するのか…』


大丈夫。

私の手はまだ、届く。


手遅れなんかじゃ、ない!



「ちょっと!」

がっと手を掴んだ。

「お前…愛梨?どうしたんだよ。」

女は驚きの表情で愛梨を見た。


「やっと…ハァハァ…見つけた…良かった」

「…はぁ?」

女はもう何がなんだかわからないといった様子だ。


「…一番…大切なこと…聞くの忘れてた…」

「…愛梨…」


愛梨は今日一番の笑顔で叫んだ。


「あなたの名前を教えて下さい!!!」



瞬間、あまりの大声に近くにいた人が全員振り向いた。

愛梨はもうそんなことどうでも良かった。


暫くの間、女は驚きで微動だにしなかったが、やがてニヤリと口角を上げて答えた。


「紫ノ宮学園新二年 高蔵志暢だ。よろしく。」


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