Dilemma
「樹恵理ちゃんはね、私の希望だったんです。」

斎藤はそう言って笑った。


「毎日毎日勉強ばっかりで、友達も出来なくて…日常に疲れきったそんなときだった。…樹恵理ちゃんを初めて知ったのは」


渇いた喉からは声が出せなかった。


熱い熱気の中、いかにも手作りのようなステージで一生懸命踊る彼女に声援を送ることは出来なかった。


誰も見ていないのに、汗水垂らして踊っていた。


苦しくないの?誰にも見てもらえないのに。



止まってしまえば、楽なのに。



「…誰も見ていないのにずーっと踊っている樹恵理ちゃんの姿を見てたら私、何の為に生きてるんだろうなーって思って」


意味は無いのかもしれない。
必死になって生きていくことに、誰も意味なんて与えてくれないのかもしれない。


なら
私は一体、何の為に生きてるの。




「…気付いたら、泣いてました。それからです、樹恵理ちゃんを応援するようになったのは。樹恵理ちゃんが少しずつ有名になっていって、商店街で小さなライブを行うと決まったとき、私は本当に嬉しかった。」


彼女は私の顔を覚えていてくれたのかもしれない。

時々目が合うと、優しく微笑んでくれたから。なんて考えたり。


「…その時なんです。彼女に一生消えない傷をつけてしまったのは。」









「…踊らないアイドル…か。皮肉なもんだな。」


志暢は去っていった樹恵理の後を追いながら、一人呟いた。

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