Dilemma
あの日は風が強かった、とても。


「樹恵理ちゃんのライブは夕方の商店街で行われました。その頃少し有名になっていた樹恵理ちゃんを一目見ようと地元の人達が沢山集まっていました。でも」


ライブが行われることは無かった。





「時間が経つにつれ、風がどんどん強くなっていました。」


樹恵理のライブに遅刻しそうになり、急いで商店街の広場に向かっていた。


夕暮れ時の刻、樹恵理の為に沢山集まった人々を嬉しく思いながら入り口を潜った。



「私が会場に着いたとき、丁度ライブが始まりました。その日、ライブは樹恵理ちゃんが会場の入り口を潜り、客席から登場する、というシナリオになっていたそうです。」



いつも聞いていた大好きな曲のイントロが流れる。

もっと前の方に行こう。そう踏み出したとき








「私は突風で倒れてきた入り口一人のファンを庇って、足を挟まれました。」


樹恵理を追い、改生会の部室前にまで来ると、樹恵理はドアの前で座っていた。


「…たった一人の大切なファンを守る為に。」


「………あぁ」


「私はね、とっても嬉しかった。そしてとても安心しました。私の1番目の大切な大切なファンを守ることができたんですから。」


だから後悔なんて、する筈ない。








「私は樹恵理ちゃんのファン失格なんです。…私なんかの為に樹恵理ちゃんを怪我させてしまった。…今も足は完治していません。そのせいで彼女は『踊らないアイドル』なんて不名誉な呼び名をつけられてしまった。」



志暢も同じようにドアの前に座った。
静かに目を閉じる。




「樹恵理はとっても優しい女の子。だからきっと彼女は私のことを許してくれている。でも」



私は自分が許せない。


「…世界中の誰が許しても、きっと私は自分を許せない。全部私のせいだから。」


それが、私の罪。そう斎藤の目が語っていた。

愛梨は静かに見つめていた。


「…私が何を言ってもあなたはきっと認めようとしないと思う。でもたからこそ言う。…斎藤さんのせいなんかじゃない。」


「…分かっています。」


「あなたが罪を背負う必要なんて無いんだよ?」


「分かっていますよ。でも…それじゃ責める人がいなくなってしまうじゃないですか」


私から罪を奪わないで。








「…ハハッ本当に皮肉だな。この学園は罪を背負った奴ばっかなのかよ?」


突然笑い出した志暢を樹恵理は驚いた顔で見つめた。



「…先輩もそうなの?」


「…あぁ」


志暢は立ち上がった。



「一生許されない罪人だよ。」



ガチャリッと勢いよく部室のドアを開け放した。


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