Dilemma
里美はゆっくりと携帯を閉じた。
その様子を、愛梨たちは静かに見守る。


「…今、聞こえていただろう」

愛梨はこくりと頷く。


「菅谷さんは既に亡くなっているんだ。今までなかなか言い出せなかった、すまなかったな。」

里美は厳しい顔つきで一礼をする。
愛梨はそんな痛々しい里美の様子に、ただなにも言えずに立ち尽くす。


「…自殺…だったんだ。」

御崎が悲しげな瞳で棗に語りかける。


「1年前、菅谷さんは紫ノ宮学園の屋上から飛び降りて自殺してしまった。そのときだ、あたしたちがチーム菅谷を離脱して、ヤンキーを卒業したのは。」



もう、痛みを生むだけのヤンキーじゃだめなんだ。そんなもの、いらない。
そう、里美と話し合った。


それは、自分たちでは背負いきれないほどの痛みだったのだから。
チクチクと痛む傷が今も、血を流し続けている。


「…誰かを護ることができるような人間になりたい。そう、これだ、これなんだよ沖田、あたしたちが戦わない理由は。」


もう、傷付けるだけの存在にはなりたくない。


「…あたしたちがもっとしっかりしていたら。あたしたちがもっとあの人の痛みに気付いていたら…」


チクリ、と胸が痛み里美は思わず胸を押さえた。


「…もっと、もっと、そう今さら後悔したって菅谷さんは二度と帰ってこない。わかってるんだ、そんなこと。でも…」


里美は悲痛な表情で唇を噛み締める。
少し血の味がした。


「…頼む力を貸してくれ…!ダメなんだ…あたしたちだけじゃ…。あたしたちだけじゃきっと、この痛みは消えない。」


里美はバッと頭を下げた。それにならって「あたしからも頼む。」と御崎が頭を下げる。


驚きで言葉が出ない愛梨は、棗を見つめる。棗はふぅ、と息を吐いた。


「あきまへんよ、先輩。」

す、と里美の背中に手をかける。


「優しさだけじゃ、世界は救えない。」


里美はギリ、と手を握り締める。


「あなた自身の世界を救うには、主人公であるあなたが立ち向かわなあかんのですよ。他の代わりなんていません。」

棗は立ち上がった。


「世界はもっと残酷に、もっと冷血に、もっと卑怯に、もっと強くなければならない。」


棗はスッと手を差し出した。


「共に参りましょう、先輩。あなたを待っている人がいるんです。」



里美は意を決したかのように、棗の手を取った。
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