恋なんてする気はなかった
Something
恋なんてする気がない時に限って、人は恋に落ちる。

もうすでになんの役にもたっていなかった傘が、風速何メートルだか知らない風にあおられて反対方向を向いた時、ちょうど目の前にいつも仕事帰りに寄るコンビニがあったのは不幸中の幸いかもしれない。

傘がひっくり返るのは、なかなか滑稽な光景だけど、恥ずかしいなどと感じている余裕は今の理子(りこ)にはなかった。

折れた傘をなんとかたたみ、自動ドアの横の傘立てに放り投げながら、傘立てじゃなくてゴミ箱の方が良かったかな、と思う。

びしょ濡れの前髪をハンカチで拭いて、店内に入ると、高校生くらいの見慣れた顔の店員が一人でレジにいて、その顔を見るとなんとなくほっとした。

そういえば駅からここまで誰にも会わなかった。
店内の時計を見上げると夕方6時。

いつもなら駅にも、駅から徒歩5分のこのコンビニにも人がたくさんいる時間だというのに。
いや、そもそも六月に台風が来ること自体がおかしい。

「あの…傘、あります?」
誰もいない店内を見渡しながら店員の男の子に聞く。
電灯を反射してピカピカ光る床が所々雨で濡れていた。

マンションまではあと5分。
コンビニのビニール傘でもなんとかもつだろう。

それにしてもこの子、暴風警報が出ているし、もうすぐ電車も止まりそうなのに、バイトなんて大変だな。

「すいません。売り切れちゃって。」

男の子は申し訳なさそうに眉を下げる。

「う…売りきれた?」

男の子はさっきと同じ顔で二回、こくこくと頷いた。

「傘、鬼のように売れました。」

鬼のようにってなんだ、鬼のようにって。

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