恋なんてする気はなかった
「前の彼氏ってどんなやつ?」

まるで昨日見たテレビ番組を聞くみたいな気軽さで蛍は聞いてみる。
知らなくていいこと、知らない方がいいことだと分かっていても、知りたかった。

「聞いてどうするの?」

案の定、理子は前を凝視したまま固い声を出す。

「どうもしない。そっかーっておもうだけ。」

「そういうの、聞かないのが大人のマナーだと思います。」

「あ、今の超傷ついた。子ども扱いして。」

ふざけたふりで唇をとがらせながら、じゃあどうすればいいのだろう、と考える。
理子の事をもっと深く知るためにはどうすればいいのだろう、と。

「蛍くんさ。」

理子の運転する黄色のマーチは長いトンネルにはいった。
オレンジ色の天井のライトが後ろに流れていく。

「私といて楽しい?蛍くん、友達なら他にたくさんいるでしょ?」

「うん、いるよ。」

友達なら男女問わずたくさんいる。
呼び出せば付き合ってくれる女友達だっているし、朝まで下らない話をして盛り上がる男友達だっている。

学校だってバイトだってスケボーだって音楽だって、理子に会うまでの蛍は充分楽しんで生きてきたし、寂しさなど感じたことはなかった。

それなのに。

恋なんて別にするつもりはなかったのに。

「きっと。」

トンネルの出口が近づいて来た時、理子がポツリと口を開いた。

「色々知ったらがっかりする、蛍くん。」

蛍は思わず理子の横顔を見た。
こんな時、なんと返せば良いのだろう。
なんと返せば『大人』なのだろう。

理子の固い横顔の向こうに、いつのまにか出てきていた黒い雲が見える。
ポツと音がして雨粒がフロントガラスを叩きいたと思ったら、みるみるうちに大粒の雫となった。

「潜水艦みたい。」

蛍は呟く。
水の中を走る車はまるで海の底を行く潜水艦みたいだ。
理子のと二人でどこまでも行けたらいいのに。
この黄色い潜水艦で。
< 12 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop