恋なんてする気はなかった
「あー…そう、ですか。」

踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目でもいいけど。

へぇとかそっかぁとか、曖昧に頷いて、理子はガラス張りの店内から外の様子をうかがう。
雨風は弱まるどころが、一層強くなったようだ。

「…すいません。」

思いがけず、申し訳なさそうな声がして、理子が顔を上げると店員の男の子がまだ眉を下げていた。
まるで自分が悪いとでもいいたげに。
この台風も、それから売りきれた傘のことも。

すいませんじゃなくて、正しくはすみません、だよ。
そう思いながらも、理子はいいえと笑って見せてから、レジのすぐ横に置いてある粒ガムを手にとって店員に渡した。

なにも買わないのにコンビニに来るのは苦手だ。
今みたいに目当てのものが見つからなかった時や、振り込みだけとか、切手を買うだけの時でもこうして何かを買わないと悪いような気分になる。

「袋、いいです。」

バッグから財布を取り出しながら聞かれる前に答えた。

「108円になります。」

108円でございます、ね。
心の中で訂正しながら、いちいちこういうのが気になるのは年をとったせいだ、と理子は思う。

お釣りを受け取る時、男の子の手が理子の手を一瞬包み込んだ。

「ありがとう」

この子はいつもそうだ。
言葉使いは変だけど、この丁寧さはすごくいいと理子は思う。
店員に会釈をして、自動ドアに向かう。
後ろから、流れるようなありがとうございます、が聞こえてきた。

< 2 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop