恋なんてする気はなかった
バケツをひっくり返したような雨だった。
雨量が毎時30㎜以上だっけ。

あの人が昔教えてくれた気がする。
物知りな人だった。

私が感心すると、君より少し長く生きてるからだよ、といつも笑って言った。

理子は自動ドアを出て、すぐ脇のスペースに慎重に移動した。
ここにいたって仕方ないのだけど、この雨の中を走り出すには少し勇気が必要だ。

ちょうど外から雑誌コーナーが見える位置に立ち、手の中のフルーツが描かれた小さな長方形の箱を見下ろして理子は思わず微笑む。

無意識にだけど、なにか買わなきゃってときにはいつもこれを買っていると気づく。
あの人が好きだから。

会社のデスクの上になにも言わずに置いておいても、私からだと気づいてくれた。
ガムは傘と一緒に捨ててしまおう。
いっそ、この気持ちも一緒に。

自動ドアが開く気配がして、理子が顔を向けるとさっきまでレジをしていた男の子と目があった。

コンビニの制服であるストライプのシャツではなく、おそらく高校の制服なのだろう、白いシャツに着替えている。

店内に目を向けると、レジの中にはおじさんが一人で立っていた。

「暴風警報出たみたいで。オーナーが上がっていいって。」

まさか話しかけられるとは思わず、 一瞬言葉につまった。

「雨、すげぇ。」

男の子は気にする様子もなく、薄暗い空を見上げながら続ける。

「雲、はえー。」

どこか楽しそうなその横顔を見ながら、自分にも、こんな時期があったな、と理子は思う。
台風がきて電車がとまり、町から人がいなくなることも、街路樹が大きく揺れ不気味な音を立てることも、傘がひっくり返ることさえも楽しかった時期が。

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