きみと駆けるアイディールワールド―青剣の章、セーブポイントから―
 通りには料亭や旅館が並んでいた。この中の一軒で、敵がクーデターの打ち合わせをしているんだ。
 アタシたちは、店に踏み込んで御用改めをする近藤さんの後ろについて歩いた。ものものしい雰囲気が隊全体を包んでいる。
 隣を行く沖田さんに、アタシは質問をしてみた。
「さっき近藤さんの話にちょっと出てきましたけど、新撰組を脱走しちゃう人って、多いんですか?」
「多いね。隊の規律が厳しすぎるから嫌気が差したとか、貧乏生活に我慢できなくなったとか、そういう理由でね」
「貧乏なんですか?」
「残念ながら、裕福ではないなぁ。ミユメは武士が金持ちでカッコいいものだと思ってた?」
「何となく、そうですね。お百姓さんとかより身分が上でしょう?」
「ボクたちみたいな貧乏侍だと、そのへんは何とも言えない。江戸では仕事にあぶれてた。京で一旗揚げて、どうにか食っていきたいっていう目標でね。京に出てくるときも、ろくな武器すらなくて、地元のみんなにずいぶん無理を言った」
「そうなんですね。事情、知りませんでした」
「だから。今夜こそ大手柄を立てたいんだ。そしたら、新撰組の力を示すことができる。賞金も礼金もたくさんもらえる。頑張りどころなんだよ」
 沖田さんは胸の前でこぶしを握った。
「アタシも、できる限りのお手伝いをしますね!」
「ありがと、ミユメ」
「新撰組の力が認められて、お金ももらって。そうしたら、脱走した皆さんも戻ってきますよね」
 アタシの言葉に、沖田さんは笑った。
「あはははっ、それは無理」
「え?」
「脱走したヤツらは戻ってこないってば。見付け次第、全員、斬ったからね」
「斬った……?」
「うん、斬った。規律を破った隊士の始末は、ボクや斎藤さんの仕事なんだ。士道に背くことがあれば、命を以て償う。それが新撰組の掟だからね」
 笑ってサラリと言ってのけた沖田さんが、怖い。目の奥に暗い光がある。沖田さんの足下で、ヤミが鳴いた。にゃあ。金色の目も暗く光って笑っている。
「ミユメも気を付けてね。ボクは、敵に背中を向ける人が嫌いだから。戦いを前にして逃げることがあったら、斬るよ」
 ピアズでは、バトルから「逃げる」ことができる。イベントがからむバトルは避けられないけど、通常は時間や体力の節約のために、戦略的にバトルを回避できるんだ。
 でも、たまに沖田さんみたいなキャラもいる。戦闘狂っていうステータス持ちのキャラクター。そんな人がパーティに加わっている場合、たとえ全滅の危険のあるバトルでも、必ず戦わないといけない。
 こういう人なんだ。沖田総司という人。
 アタシはゾッとした。でも、それもつかの間だった。
 コホッ。
 沖田さんが咳をした。それがものすごく人間っぽくて、アタシは胸を突かれた。
「具合、大丈夫ですか?」
 ラフ先生が、ひょいと割り込んできた。
「肺結核なんだろ? 症状はそんなに進んでなそうだが、無理すんな。スタミナゲージの減りが早いみてぇだし」
「今日、蒸し暑いからね。胸を患ってても、そうでなくても、きついよ」
 アタシは二人を見上げて小首をかしげた。
「肺結核って、どんな病気なんですか?」
 ラフ先生がヤミを抱えて撫でる。ヤミがゴロゴロと、のどを鳴らした。
「肺結核、知らねぇか。まあ、無理もねぇよな。今じゃ、ほとんど発症例がなくなってるし。沖田の時代には死の病だったんだが」
 沖田さんが、気まずそうに目をそらした。
「肺が腐っていく病だよ。最初は咳が出て、息がときどき苦しいくらいだけど、病が進むと、肺が腐れ落ちて空洞になる」
 聞かなければよかった。想像するだけで怖い。
 ラフ先生が付け加えた。
「ちなみに、結核菌は空気感染するんだ。リアルだったら、真っ先に沖田にマスクを着けさせる。沖田の咳がかかる範囲にいちゃいけない」
 アタシはとっさに口元を手で覆った。感染するはずないんだけど。
 沖田さんがヤミに笑いかけた。優しい顔だった。
「ヤミはお守りなんだ。黒猫は結核を治してくれるんだって。近藤さんがそう言ってた。それで、土方さんがヤミを拾ってきてくれた」
 にゃあ、とヤミはあいづちを打った。二股の尻尾は化け猫の証だけど、土方さんは気付かなかったのかな? それとも、普通の人には見えないの?
< 22 / 102 >

この作品をシェア

pagetop