きみと駆けるアイディールワールド―青剣の章、セーブポイントから―
 力場がひしゃげる。もとの景色が戻ってくる。街道沿いの風景。斎藤さんが身を潜めていた大木。あたしの足下に、打ち捨てられた環断《わだち》。
 沖田総司が右手の刀を構える。青眼の構えと呼ぶには、切っ先が低すぎる。がら空きのようにも見える構えは、彼の癖。
 一瞬の空白。
 沖田総司が地面を蹴る。狙いは後衛。ターゲットカーソルを向けられたのは、ニコルさん。焦りの声がスピーカから聞こえた。
「まずい!」
 詠唱中のニコルさんは動きが速くない。植物系魔法に特化したぶん、物理攻撃に弱い。
 ラフ先生が沖田総司の進路に割り込む。双剣をクロスさせた防御姿勢。
「ヤベ、重い!」
 なりふりかまわない沖田総司の突進。ぶつかられた勢いに、ラフ先生がのけぞる。隙ができたところを蹴り飛ばされる。
 シャリンさんがサイドから沖田総司に斬りかかる。沖田総司のカウンターが発動。
“単焔薙―タンエンテイ―”
 重心の軽いシャリンさんが吹っ飛ばされる。コントローラを持つあたしの手に、力が入った。
「今の沖田総司、厄介なコンディションですね。ヒットポイントが減れば減るほど、攻撃力が上がる。理性が飛んだステータスの特徴です。バーサーカー状態ですよ」
 斎藤さんが沖田総司の行く手を阻む。一合、二合。打ち合わされる刀。火花が散る。
 ターゲットカーソルはまだニコルさんにある。ニコルさんが魔法を完成させた。大なぎに振り下ろされる杖。
“翠輝月刃―スイキゲツジン―”
 三日月形の光の刃がブーメランのように飛ぶ。斎藤さんと鍔迫《つばぜ》り合いをする沖田総司。かわす余裕がない。ヒット判定。深いダメージが入った。
「いや、ダメだ。まだ倒れない。攻撃力がまた上がった」
「くそ、魔法耐性が弱いから一撃でいけるかと思ったんだが」
「ニコル、あと一回よ。詠唱に入って」
「了解。この魔法、外しやすいから、足止めを頼むね」
 じわじわとヒットポイントを削っても、反撃が痛い。クリティカルヒットで、一気に倒さないといけないんだ。
 ヒット判定があった直後なのに、沖田総司の動きは鈍っていない。ラフ先生の攻撃を受け流す。シャリンさんの斬撃を弾き飛ばす。斎藤さんに斬りかかって、距離を取らせて。
 剣劇の火花が、ふっと、沖田総司から遠のいた。
 その瞬間、ターゲットカーソルが切り替わった。
 ミユメの真上に赤い警告マークが出る。
「今度はこっち?」
 沖田総司が動き出す。ラフ先生の突き出す双剣がギリギリ届かない。ニコルさんが束縛魔法を飛ばす。つかまえそこねる。シャリンさんの連撃と斎藤さんの刺突。どちらもヒットする。深手じゃない。沖田総司は止まらない。
 あたしは、ミユメの動きの鈍さを呪った。素早さの数値は、わざと下げてある。あたし自身のコマンドの速さでカバーできるから。でも、今回ばかりは敵が速すぎる。魔法も回避も間に合わない。
 ああ、だけど。一か八かの手なら。
 足下にアイテム反応がある。使えるんだ、これ。
 沖田総司が跳躍する。ギラリと光る右手の刀。
 あたしはコマンドを入力する。
“拾う→あしもと”
“装備→刀剣”
 ミユメは環断《わだち》の柄を握りしめる。スキルじゃなくて、単体向け物理攻撃のコマンド。
“単/物→カウンター”
 沖田総司の右腕が振りかざされる。踏み込んだミユメが刀を突き出す。
 ミユメはただ刀を正面に構えて立っていただけだ。沖田総司のほうから、勢いよく飛び込んできた。
 コントローラの、バイブレーション。ダメージ判定。
 カウンターがキレイに決まった。ミユメの環断が沖田総司の腹部を貫いている。クリティカルヒット。沖田総司の動きがやっと止まった。ヒットポイントがゼロになった。
「勝った……」
 息をつく。手が震えている。鼓動が速い。頬のほてりが、スッと引いていく。
 バトルモードが解除される。勝利の表示と、各種ボーナスポイントの加算。自動で振り付けられた、アバターの勝利アクション。
 むなしくきらびやかな画面を視界に映す。見えない。聞こえない。響いてこない。あたしの中が、空っぽになっている。
 やがて、ストーリーモードが再開する。
 血を流して倒れている沖田総司へと、斎藤さんが駆け寄る。その光景を目にした瞬間。
「沖田さん!」
 アタシの心がログインした。
< 89 / 102 >

この作品をシェア

pagetop