きみと駆けるアイディールワールド―青剣の章、セーブポイントから―
 アタシは斎藤さんのそでを引いた。
「行ってしまうんですか?」
「ああ」
「まだ戦いを続けるんですか?」
「ああ。戦う」
 どうして? とアタシは繰り返してきた。でも、もう訊かない。
 それが彼らの生き方だから。
 アタシとは違う世の中を生きた人たちだ。どうやったって残酷な運命に呑まれてしまう。逆らえないならば、せめて自分の選んだ道をまっすぐに進みたいのだと、そこに彼らの誇りがある。命懸けの誇りだけが、彼らを生かしている。
 斎藤さんは、道の伸びていく先を指差した。
「オレたちは会津へ行く。会津は、ここより北にある武断の地だ。新政府軍は、会津の殿さまを狙っている。守らなければならない。オレたち新撰組はあの人のもとで戦う」
 シャリンさんが腕組みをした。
「やっぱり行くのね」
「ああ。ここでお別れだな。シャリン、ニコル、世話になった」
「な……こ、ここで?」
 斎藤さんはアタシたちを見回した。澄んだ、冷静な目をしている。
「頼みがある。沖田さんはもう長くない。オマエたちで沖田さんを看取ってやってくれ。江戸まで連れて帰って、オレたちの代わりに。頼む」
 斎藤さんは頭を下げた。土方さんも黙って、斎藤さんにならった。
「わかりました」
「わかったわよ」
 アタシとシャリンさんが同時に言った。斎藤さんと土方さんが顔を上げる。
 シャリンさんは斎藤さんに近付くと、こぶしを固めて、斎藤さんの胸を叩いた。戦うときのやり方じゃなくて、ごくありふれた一場面のように。
「隠しごとが多すぎるの、アンタは。黙ってばっかりで、一人で抱え込んで。ほんとは全然しっかりしてないくせに。危なっかしいのよ。イライラした。自分自身を見てるみたいで」
 斎藤さんが困ったように首をかしげる。ニコルさんが斎藤さんの肩をポンポンと叩いた。
「一くんには、ボクも驚かされた。すさまじいストーリーを見せてくれたね」
 斎藤さんはかぶりを振った。
「一人じゃ耐えられなかった。任務の重さにも、運命の重さにも。そばにいてくれたこと、礼を言う。ありがとう。アンタたちのこと、嫌いじゃない」
 ニコルさんが微笑む。
「北へ行ったら、出会えるよ。ずっとそばにいてくれる女性に。後日談があるなら、ラブラブなところを見せてほしいな」
 土方さんが斎藤さんを呼んだ。
「そろそろ行くぞ。あまり時間がない」
 斎藤さんはうなずいた。土方さんが、きびすを返して歩き出す。斎藤さんも続こうとする。
「待ってください」
 アタシは再び斎藤さんのそでをつかんだ。斎藤さんが肩越しに振り返った。
「どうした?」
「あの……」
 胸に渦巻く感情をうまく言えない。
 ラフ先生が、アタシの後ろから斎藤さんに声をかけた。
「北へ行く理由を、ミユメに教えてやってくれ。アンタらとよく似た信念を持つ、会津の殿さまのことを」
 斎藤さんはアタシを見て、口を開いた。
「徳川幕府は政権を手放し、江戸城も明け渡した。勝の思惑どおり、争いは極力、避けられてきた。でも、それに不満な連中がいる。江戸を攻め落とす気だった新政府軍の過激派は、振り上げたこぶしを持て余している。こぶしを叩き付ける先を探しているんだ」
 近藤さんが新撰組を率いて戦おうとしたように、新政府軍にも、武力で突き進みたい人たちがいた。暴れたかったんだ。
「まさか、新政府軍の過激派が会津を攻めてくるんですか?」
「将軍を滅ぼしたいヤツらがいた。でも、徳川二百七十年の歴史は、だてじゃない。将軍が殺されれば、国じゅうで暴動が起こる」
 国の統治者というのは遠い存在で、その誰かさんが死んだから暴動が起こるなんて、アタシにはピンと来ない。
 一方で、大好きだったリーダーが殺されて、憎しみがあふれる。そんな状況なら、よくわかる。新撰組局長、近藤勇を喪ったばかりだから。
 斎藤さんは淡々と言葉を続けた。
「新政府軍の振り上げたこぶしの前に、将軍を差し出すわけにはいかない。勝は、会津の殿さまを選んだ。会津の殿さまが将軍の身代わりなんだ」
「じゃあ、会津のお殿さまや会津の人々は、江戸が戦場になる代わりに、犠牲にならなきゃいけないんですか? 勝海舟が、そんなふうに交渉したということ? 勝海舟にとって、新撰組も会津も捨てゴマだっていうんですか?」
「会津の殿さまは、黙って引き受けた。身代わりの役を」
 ひどい。
 大勢を救うために、少ない犠牲には目をつぶる。そうやって悲しみと憎しみを塗り重ねて、この国の歴史は移り変わってきたんだ。
 日の当たる場所は華やかで美しくて、一方では日陰で、自分が滅ぶことを知りながら歩んだ人たちがいた。
 斎藤さんが会津の殿さまを好きな理由も、新撰組が会津へ向かおうと決めた理由も、よくわかった。
 行かないで、と言えたらいいのに。
 死なないで、と引き留めたいのに。
 アタシがそんなことを言っていいはずがない。命の根っこからまっすぐで、歪むことも濁ることもしない。彼らの生きざまを、アタシは、けがせない。
「どうぞ、ご武運を。お達者で」
 微笑むことしかできないという、このやるせない想いを、アタシは初めて知った。
「ありがとう」
 斎藤さんは、かすかに目元を和らげた。
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