指先からはじまるSweet Magic
業界でも名の知れた美容師。
だからこそ、この若さで独立って道が拓けた訳だけど、全てが全て順風満帆な訳じゃない。


本当は、圭斗の独立はもう二年くらい前から噂になっていたという。


圭斗を雇うサロン側としては、圭斗が辞めるのは大きな損失になる訳で……。
あの手この手で圭斗を宥めて囲い込もうとした。


それでも圭斗の意志が変わらなかったから、今となっては地味にチクチクした嫌がらせに発展しているらしい。


圭斗に顧客を連れて行かれるのを恐れて、ここ数ヵ月は極力圭斗の予約を入れないようにしている。
そうやって他のスタイリストに振れる顧客はサロンに留める。


そんなことをされたら、いくら圭斗でも身体が空いてしまうのに。
『トップスタイリスト』にシャンプーやブローをさせる訳にも行かず、圭斗がサロンの表舞台に出る時間はただ減らされるばかり。


そうしてサロンに出勤する日は、圭斗は研修施設に籠って、新人アシスタントの育成をする日々が続いている。


この一年、散々近くにいたつもりなのに、私は圭斗が辛い思いをしてること、全然気付けなかった。
だって圭斗はいつも穏やかだったから。
いつも柔らかく笑ってくれたから。


「私は、今もこれからも塩入さんを一番そばで支えたいんです」


思いがけない話を聞いて揺れる私に、細川さんは全くぶれない真っ直ぐな瞳でそう告げた。
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