指先からはじまるSweet Magic
転がるようにオフィスから飛び出して、近くのメトロからいつもと逆方向の電車に飛び乗る。
圭斗が勤めるサロン『ニューミストラル』までは、うちのオフィスからせいぜい十五分といったところだ。


それでも……意図的に顧客の予約を減らされている圭斗が、最終日になってもこんな時間まで残っているかわからない。
だからこそ、今日はノー残業を誓ったつもりだったのに。


表参道の駅でドアが開くのをジリジリしながら待って、ホームに飛び出した。
不規則な人の流れをかいくぐりながら、なんとか地上に向かう階段を駆け上がった。


「……うわ」


狭い階段を昇り切って、都会の夜空が頭上に開けた時。
私は軽く肩で息をしながら、空にぽっかりと浮かんだ大きな丸い月を見上げた。


一際大きくてぷっくりとした黄金の月。
ああそうか。オフィスで誰かが言ってたっけ。
今日は中秋の名月だ、って……。


都会のこのイルミネーションの下から空を見上げても、無数に存在するはずの星はほとんど見つけることが出来ない。


それでも私は、いつもより近く見える月に勇気づけられるように、グッと一歩足を踏み出した。


今、私の周りで輝いていて欲しいのは、たった一つの存在だけ。
それはまるで、あの大きな月のようだと思った。
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