初恋の甘い仕上げ方




「現地に十時だけど、車で迎えに行ってやろうか?」

小椋君の言葉をありがたく思いながら、ふと考える。


「電車でも行ける場所だったよね、たしか」

打ち合わせ予定の印刷会社に行くには、自宅からだと電車で一時間ほどかかる。

大きな印刷機器を何台も動かすためには広い用地が必要で、工場は市街地から少し離れた郊外にあり、前回のラベルの確認のときにも行った。

業界でもトップを争う売上高を誇るその会社はあらゆる仕事を抱え、繁忙期になると休みなしで印刷機器を動かしていると聞く。

現在も仕事がたてこんでいて、明日しか打ち合わせの時間をとってもらえないほどだ。

私と小椋君は本来なら土日は休みだけれど、そんなことは後回しで対応しなければ納期に間に合わない。

打ち合わせの日程を忘れていた理由は引っ越しの後片付けでばたばたしていたことが一番にあげられるけど、翔平君が結婚すると聞いてそのことばかりに気持ちを向けてしまったこともそれに負けないくらい大きい。

兄さんからそのことを聞いて落ち込んでしまった私に持ち込まれたお見合いの話だって、受けたあとも仕事どころじゃないほど気持ちの浮き沈みは大きかったし。

ようやくそれも片付いたのだから、目の前の仕事に集中しなければならない。

「小椋君の家からうちに来てもらったら遠回りだから、電車で行こうかな。うちから駅まで近いから大丈夫だよ」

「遠回りっていっても五分か十分くらいだろうし、白石を迎えに行くくらいどうってことない」

「でも、電車でも、平気……」

「ラベル以外でも幾つか抱えてる案件があるだろ? 途中、打ち合わせもしたいんだ」

「え、でも」

「火曜日が納期のものもあるし、ちょうどいいだろ」

たしかにそうなんだけど。

小さなデザイン事務所だとはいっても、仕事の量はかなりある。

社員が少ないのもあり別府所長をはじめ、どの社員も複数の案件を同時に抱えている。

小椋君と一緒に進めているものもあれば、ほかの先輩や後輩と組んでいるものもある。

もちろん私ひとりで仕上げるものも多い。





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