初恋の甘い仕上げ方
その日、仕事のあと実家に顔を出す予定だったけれど、終業時刻を少し過ぎた頃、母さんからメールが入った。
『日付が変わる頃になるけど、美乃里さんたちと萌のマンションに行くから、待ってて。なにかとうるさい樹は出張で来れないから安心を。あ、翔平君ももちろんそっちにいるでしょ?』
いつもながら、私の予定をまったく無視した文面に苦笑しつつ、私は実家ではなく自宅に帰った。
仕事が不規則な美乃里さん夫妻が来るのなら、日付が変わる頃に来るというのも冗談ではないだろう。
昨日からの驚くべき展開についての話し合いになるのは予想できるけれど、妙に落ち着かない。
母さんからのメールの続きには、お見合い相手の男性や世話役の方には既にお詫びを入れたから、これ以上謝罪の挨拶だのなんだのと騒ぐなと書いてあった。
相手の方と実際に会う前にお断りをいれたし、お見合いという性質を考えても、断ることにそれほど罪悪感を感じなくてもいいとわかり、ほっとした。
ほっとしながらも、今の状況を現実のものして受け止められていないのも事実だ。
翔平君と気持ちを添わせたことにまだ実感がわかないことがその一番の理由だ。
いつになれば、私は翔平君との関係を未来あるものだと心から思えるのだろうかと。
嬉しさに照れながらもふつふつと考えてしまう。
長かった片思いのエンドマークが打たれたというのに、まだまだ実感がなくて、それでも翔平君を思えば体は火照り始めるし。
これが両想いということなのかと、ひとり口元を緩めている。
そして、深夜に近い時刻、仕事を終えた翔平君が今夜も我が家に来てくれた。
美乃里さんから連絡が入ったときに、「萌とふたりの時間を邪魔するなよ」とぶつぶつ言っているのもかわいい。
一旦家に帰って着替えたらしく、ジーンズ姿はなかなか新鮮だ。
何が入っているのだろうかと目がくぎ付けになった大きなカバンからは、着替えや靴、パソコンや書類、本。
翔平君は次々取り出し、洋服は私の寝室のクローゼットを半分空けて勝手にかけている。
靴も通勤用とわかる二足とスニーカー一足が玄関収納に綺麗におさまった。
週末の間に必要なものをもう少し運び込んだあと、引っ越し業者さんに見積もりをとり、我が家への引っ越しを実行すると、報告された。
そう、相談ではなく、報告だ。