初恋の甘い仕上げ方
「萌が俺のことを諦める日と、今の仕事に就いてよかったと思える日。どっちが先か、いい歳してびくびくしながら待ってた。だけど、待っていてよかった、間に合ってほっとした」
その言葉通りの不安を感じさせる口調は、普段の翔平君とはまるで違っている。
私を相手に後ろ向きな感情を見せる機会は滅多になかったし、私が翔平君を諦めることを望んでいるのは、ほかでもない翔平君自身だと思っていた。
長い間、私の恋心には気付かない振りで、親友の妹に対する優しさだけを与えてくれていた。
だから、出会ってからこれまで、私が翔平君を追いかけ思い続けることを重荷として感じているかもしれないと何度も苦しんだ。
私以外の女性が翔平君の隣りで独占欲に満ちた笑みを浮かべているのを見てきた。
そのたび、翔平君と私が寄り添う未来はないのだと胸を痛め、一方通行の想いを封印しなければと涙も流した。
「びくびくしてたのは、私のほうなのに。いつ翔平君が本気で私を振り払うか、それとも昔マスコミで噂になった三崎紗和さんみたいに綺麗な人と結婚しちゃうんじゃないかって、怖かったのは私だよ」
思い出せば今でも切ない噂がよみがえり、唇をかみしめてしまう。
美乃里さんとCMで共演した三崎紗和さんと翔平君が付き合っているとマスコミを騒がせた数年前。
俳優夫婦の息子であり、ちょうど大きな仕事で成果を出した翔平君自身も騒がれていたことも相まって、世間は連日その話題でもちきりだった。
ふたりで食事をしている様子や、翔平君の車で出かける姿が度々目撃され、結婚も間近だと言われていた。
翔平君が怪我をしたあの頃だ。
ことの真偽は怖くて確認できないままだけど、見た目が整っている翔平君と並んでも引けを取らないお似合いの女性だった。
テレビのワイドショー番組や雑誌で二人が並ぶ姿を見るたび、私には太刀打ちできないと、落ち込んだ。
今でも当時の騒ぎを思い出せば切なくて、目の奥が熱くなる。