初恋の甘い仕上げ方
「翔平君を追いかけても追いかけても手ごたえがなくて、それでもそこから逃げられなくて。だけど、結婚するなんて聞いたら諦めるしかないでしょ、不倫なんて嫌だし、翔平君が結婚したあとそんなことするわけないってわかってたから……つらかった」
既にそのことは誤解だとわかっているのに、兄さんから聞かされた言葉を思い出せばそのたび苦しくなる。
翔平君が独身でいる限り、私を愛してくれる未来があるかもしれないと微かな望みにすがり生きていたのだから、翔平君が結婚すると聞いたときの衝撃は一生忘れられないだろう。
胸の痛みに耐えながら俯いていると、翔平君が何度か息を吐き出し「萌はがっかりするかもしれないけど」と小さな声を落とした。
なんのことだろうと、こわごわと視線を上げると、私よりも不安な色が濃い翔平君の瞳があった。
「昨日も言ったけど、萌が就職活動に励んでいた頃、まだ若い萌を俺が縛っていいのか迷っていたんだ。樹から口を挟むなと釘を刺されていたしな。だけど、就職のために俺から離れて遠くに行くと聞かされて、やっぱり手放せないって焦って……それで駅に向かおうとして階段から転げ落ちた」
「え……?」
「あの日、採用試験を受けにいく萌に会いに行く途中だったんだ。仕事が終わらなくて新幹線には間に合わないってわかってたけど、それならあとの新幹線で追いかけるつもりで急いでいたんだ」
「でも、あの日の朝、採用試験頑張れって電話くれた……」
「ああ。萌には萌の人生があるし、昔からしたい仕事があるのならその夢を俺が止めることはできないって思ってたのも嘘じゃない」
翔平君が、私の肩に手を置き、そっと体を離した。
それが寂しくて、私は反射的に翔平君の首に両手を回した。
それに、翔平君の言葉に驚き、あの事故の日のことを、今更ながら思い返す。
「私を追いかけてきてくれたんだ……」
抱きつくほどではないけれど、目と目を合わせてその距離を再び近づけた。
「あの日、俺のいない未来を求める萌を、止めることはできないって頭ではわかってても、追いかけずにはいられなかった。結局、俺がズルをして萌を引き止めたけどな」
「……ズル?」
自嘲気味に笑う翔平君の表情が次第に翳っていく。