初恋の甘い仕上げ方
助手席の背に体を預けふっと息を吐くと、何故か残念な気持ちが湧き上がってくる。
エビフライのタルタルソースの話をしているうちに翔平君の様子が妖しくなって、どこか艶っぽく物憂げで。
もちろんこれまでの経験値の差だろうけれど、わたしにはどう応えればいいのかわからないくらいときめいてしまった。
私の気持ちを盛り上げるだけ盛り上げて、期待させたというのに、結局キスのひとつすらしてくれなかった。
「……なんだか、もう」
翔平君はずるいと、心でため息を吐きながら、つぶやいた。
狭い車内だから、翔平君に聞こえたはずだというのに、そっと運転席を見れば。
楽しそうに運転している横顔があった。
そのすっと通った鼻筋と、形がよすぎる顎のラインに見惚れながら、私は指先を口元にあて、翔平君の温かさを思い返していた。
打ち合わせは「井上印刷」の一階ロビー。
年中無休の工場は二十四時間体制で稼働している。
郊外にあるこの工場は緑の多い敷地内にあり、工場で働く従業員のほとんどが自動車通勤らしく、駐車場もかなり広い。
工場入口で守衛さんに通行証をもらって駐車場に向かい、広いスペースの端に翔平君は車を停めた。
「降りてまっすぐ行ったら玄関ロビーだけど、俺も一緒についていってやろうか?」
「は?」
「いや、俺は何度も来たことあるし、顔見知りもいるはずだから、挨拶しておこうかと」
シートベルトを外し、翔平君はそう言って頷いた。
「それに、萌の事務所の人がいたら挨拶しておくぞ?」
「え、挨拶って、どんな?」
「いつも萌がお世話になっておりますって」
「い、いいよ、いい。挨拶なんて恥ずかしいし、おかしいでしょ」
それが当然だとでもいうような顔をしている翔平君に慌てて首を横に振った。
事務所の人はたしかに来るけど、翔平君が挨拶するなんて不自然でおかしすぎる。
「翔平君、もしかしてだけど、私のこと、タルタルソースを口につけていた頃の小学生だと勘違いしてない?」
「冗談だよ。萌の同僚の人たちへの挨拶は、結婚式のときに存分にするから今日はやめておくか」
「結婚式……」