初恋の甘い仕上げ方
たしかに三崎紗和さんを偶然見かけた回数なんて数年間で両手で足りるほどだけど、その記憶のすべてに翔平君がいたわけではなかった。
まだまだ成長途中である中高時代の私は、すでに大人の女性として輝いていた彼女を意識し過ぎて敏感になっていたのかもしれない。
彼女の姿を見るだけで翔平君と結び付けては勝手に悲しみ苦しんでいたような。
もしかしたら、三崎紗和さんは、翔平君にとっては特別なひとというわけではないのだろうか。
はっと気づいたことに体が反応し、視線を上げて翔平君を見ると。
「紗和にとって、僕は栄誉ある踏み台だったんですよ」
久和さんや斉藤さんたちに向かって、あっけらかんと話す翔平君の穏やかな顔があった。
「彼女のイメージを守りたいので詳しくは言えないんですが、彼女は俺に『女優になりたいから水上実乃里さんを紹介して』って直球で迫ってきて。コネでもなんでも、使えるものは利用するって言いきる姿があっぱれだったんですよ。母さんもそんな男前の紗和を気に入って、努力する場をいくつも提供したんです。事務所を紹介したり、オーディションの話があれば紗和に伝えて受けさせたり。母さんが紗和をひいきしたり意味なく後押しすることもなかったんですけど、何かと面倒をみてたんです。それから5年、彼女の努力が実を結んだのは皆さんもご存じのとおりです」
きっと、三崎紗和さんのことを自慢に思っているんだろう。
嬉しそうに目を細めている翔平君の横顔からは、誇りのようなものも感じられる。
それにしても、翔平君と彼女には何もなかったんだろうか。
踏み台って言ってるけど、単なる友達だったのかな。
あんなに綺麗なひとが近くにいて何もなかったなんて、信じられないけど、そうであれば嬉しい。
「紗和は、恋愛なんて後回しにして自分の夢に向かって突っ走ってきた、いいオンナなんですよ……あ、萌の次にですけど」
「な……」
からかっているとすぐにわかるその言葉につられて向けられる、周囲の視線が恥ずかしすぎる。
私はそのまま俯いて、動けなかった。
ただ、翔平君と三崎紗和さんとの間に何もなかったと遠回しに教えられた気がして、心がじわり、ほっとした。