初恋の甘い仕上げ方
苦笑いしながら小椋君の頭をくしゃりとしたマスターと、何かを吹っ切るように大きく息を吐いた小椋君。
そこに重苦しい雰囲気を感じるけれど、その理由がまったくわからない。
小椋君とは、大学は別だったとはいえ、小学生の頃からの長い付き合いだ。
仕事での苦労も共に分け合い切磋琢磨してきたというのに、悩み事を抱えていても相談すらしてもらえないのかと思うと少し寂しい。
「私って頼りないけど、相談にはのるよ」
窺うようにそう言った私に、小椋君は力なく視線を向けたかと思うと、がっくり肩を落とした。
「相談したら白石はかなり困ると思うからやめておく。マスターが言うように、諦めるものは諦めて、幸せな未来をこの手に」
小椋君は何故か握りこぶしを両手で作り、力強い声をあげた。
「な、何言って……?」
相変わらずとんちんかんなことばかりを言っている小椋君だけど、彼の言葉の意味を、マスターはちゃんとわかっているようで、肩を揺らして笑っている。
男同士ならわかるものなのだろうか。
「小椋君、あの、私、ちっともわかんないんだけど」
「あ? 世の中には知らないほうが相手のためだってこともあるんだ、それ以上は聞くな」
小椋くんはそう言ってコーヒーを口にし、この話はこれで終わりとばかりに視線を店内に向けた。
気付けばマスターはカウンターの向こうに戻っていて、他のお客さんの相手をしている。
小椋君とふたり、慣れない気まずさにどうしようかと思いつつテーブルに視線を落とすと、今私を悩ませている、そして大切なものが再び目に入った。
「水上さん、達筆だな」
「あ……そうだね。昔から字がきれいだったから、兄さんは比べられて文句ばっかり言ってた」
目の前に広げられている薄い紙一枚。
手持ちの文庫本で端を押さえ、店内の空調で飛んで行かないようにするほどの軽い紙だ。
だけどその薄さや軽さに反して、それが持つ意味はとても大きい。
これからの人生を誰と歩んでいくのかを決意する、大切なものだ。
紙切れ一枚とよく言われ、そんなもので人生を縛るのはおかしいだとか、それよりもお互いの気持ちのほうが大切だとも聞くけれど。
その紙切れ一枚に書かれた名前を見れば、嬉しさで震えるほどだ。