初恋の甘い仕上げ方
「萌が俺の立場を気遣ってくれる気持ちはよくわかるけど、父さんと母さんはそれぞれの事務所を通じてコメントを出してるんだ」
「コメント?」
「ああ。『大切なひとり息子が素敵な縁を得て、ようやく結婚できることになりました。これを逃せば息子は一生独身です。どうか穏やかに見守っていただき、お嫁さんに逃げられることのないようご配慮願います』ってさ。それぞれの事務所のHPにアップされたから、あとで見ておけよ」
「逃げられるなんて、絶対にそんなことないのに」
「よく言うよ。俺から離れて就職しようとするし、勝手に俺を諦めて見合いに逃げようとしてるし。前科があるんだから、それを心配しても仕方がないだろ?」
「ま、まあ、そうだけど、それは不可抗力というかやむを得なかったというか」
翔平君のいつになく鋭い視線と口調にたじろぎながら、私はどうにか言い訳を試みる。
「もう、絶対に翔平君から逃げないし。ちゃんと側にいるから、安心して。それに、そう決めたから翔平君との結婚を悩んでるの」
前科だと言われればそれもそうだと納得しつつ。
それでも、もう翔平君の側から離れることは絶対にないと心から誓える。
そうでなければ、翔平君やご両親の立場を考えて結婚の時期に悩むことなんてしない。
「だって、私だって本当は今すぐにでも翔平君のお嫁さんになりたいし」
「じゃあ、悩まずここに捺印したらいいだろ? 萌の心ひとつですぐに俺の嫁になれるんだから」
ほらほら、と。
私の手元を見ながら、捺印を促している。
ここまで私との結婚を望まれて、本当に嬉しくてたまらないけれど、翔平君が仕事で実績をあげて有名になり、美乃里さんだって話題の映画への出演が決まり話題になっている。
ただでさえ慌ただしいというのに、翔平君と私の結婚の話題が加われば、その対応だって半端なものではないだろう。
「翔平君にも美乃里さんたちにも、仕事に集中してもらいたいし」
もうしばらく様子を見て、それぞれの仕事が落ち着いた頃の入籍でも構わない。
既に翔平君と同居を始めていて、毎日の生活を共に送っている。
そして何よりふたりの気持ちは同じだと自信を持って言えるのだから、入籍や結婚の時期が遅れても、大丈夫だ。
我慢できる。