初恋の甘い仕上げ方




「翔平君、さっき言ってたけど……我慢って何?」

私は思い返すように聞いた。

「ああ。望んでいた仕事を諦めた萌が、縁あって就いた今の仕事に満足できるようになるまで。そして、満足するだけでなく成果をあげて認められるようになるまで。
俺は萌を自分のものにするのを我慢していたってこと」

打てば響くように返ってきた答えに、たじろいだ。

今日会ってからずっと、曖昧に言葉を濁され続けていたせいか、私の問いに、こうもすんなりと答えを出してくれるとは思っていなかった。

コンビニでもなかなかはっきりとしたことは言ってもらえなかったのに。

そんな私の気持ちが顔に出たのか、翔平君は小さく笑った。

「この五年、言わずにいたことを言って驚かせてもいいか?」

「驚くのは、嫌だけど……え、五年?」

「ああ。俺が萌の就職をだめにしたあの日からずっと言わずに我慢していたことだ」

「あ、あのことなら違う。翔平君がだめにしたんじゃない。私が自分で決めたことだから、翔平君が気にすることはないし、それに、採用試験を受けても落ちていたかもしれないし」

翔平君の低い声を聞いて、私は慌ててそう答えた。

これまで、翔平君も私も、あの事故によって私が諦めた採用試験のことを話題にすることは滅多になかった。

もちろん、翔平君からは「申しわけなかった」と言って頭を下げられ、翔平君が働いている事務所への就職を所長さんにお願いするとまで言ってくれたけれど。

私が採用試験を受けなかったのは翔平君が悪いわけではないし、自分で決めたことだから、それはおかしいと言って断った。

翔平君というコネを使って入ったとしても、当時の私にはあんなに大きな事務所で仕事をこなせる自信もなかったから。

申し出を断った私に、翔平君は残念そうな顔をしていたけれど、その後縁あって今の事務所に採用が決まったときには「萌に合っている事務所かもな」と言って喜んでくれた。

それを境に、あの事故によって私が諦めた就職のことはクリアにされたと思っていたのに、どうして、五年も経った今になって再び口にするんだろう。

「もちろん、あの事故が俺のせいだとは思っていない。それに、萌が予定どおり採用試験を受けても落ちていたかもしれない。だけど、夢を叶える可能性を捨てさせたのは俺だ」
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