麗雪神話~幻の水辺の告白~
「ちょっと…っ! ノックくらいしてよ」

シルフェの文句をきれいに無視し、ボリスは歩み寄ってきた。その手には何かが握られている。

消毒液と、包帯だ。

「お前、さっきの戦いで少し怪我しただろ」

「…!」

実は彼の言う通りだった。

短剣で敵の攻撃を弾いた時、敵の剣の一部が腕に当たり、少し切れてしまったのだ。大した怪我ではないので放っておこうと思っていたが、まさか気づかれていたとは。

「ほら、見せてみろ。手当してやるから」

「………」

なんだかんだ言っても、ボリスはシルフェに優しい。

そう思って、はたと気が付いた。

(僕が怪我する羽目になったのは、ボリスの事情に巻き込まれたからじゃない!)

けれどボリスが優しい目をしていたので、のど元まで出かかった文句はしぼんで消えていった。

シルフェは大人しくベッドに座り、腕を出して切り傷を見せた。

ボリスは黙々と、丁寧に手当てをしてくれた。

静かな時間が流れていた。

月明かりを受けたボリスの横顔を、ただ眺める。

そうしていたらふと、心の底から自然にわき出てきた疑問が口に出ていた。

「…ねえ、なんでボリスは皇帝になりたいの?」
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