麗雪神話~幻の水辺の告白~
ボリスは、比較的裕福な商家の一人息子として、この国に生まれた。

彼が覚えている両親はいつも優しく、慈愛に満ちて、ボリスを心から愛してくれていたという。母は体が弱く、ボリスを産んでから子供を産めぬ体になったため、「たったひとりの我が子」と、彼らは全身全霊で彼を愛してくれたのだ。

まだ字も書けぬうちから商売のいろはを父から学び、母はそれを優しく見守る。

幸せな日々だった。

けれどその幸せは、一夜で崩れ去った。

「―戦争だ」

と、ボリスは語った。

その時の目は、奥の方でちりちりと炎が燃えているような、強い感情の渦巻く目だった。

ボリスが6歳の時に一家は戦渦に巻き込まれ、両親は帰らぬ人となった。

ボリスは自分の身に何が起きているのかも理解できぬまま、孤児院で生活することとなった。

父と母を恋しがり、ボリスは泣き暮らした。

そんな日々を送っているときに現れたのが、のちの師、グレフだった。

長い黒髪に、琥珀色の瞳を持ち、屈強な体つきをした男。

けれどその瞳は穏やかで優しく、昔図鑑で見た、海に暮らすジュゴンのような雰囲気を彼からは感じた。
< 78 / 174 >

この作品をシェア

pagetop