麗雪神話~幻の水辺の告白~
指定された場所に、指定された通り、グレフはやってきた。

すなわち敵のはびこる廃屋の中に、丸腰で。

まだらプミールだけは連れていたが、戦力になるような獣ではない。

グレフは……死ぬためにやってきた。

『お前の命と引き換えに、この坊主を放してやろう』

グレフに向けられた、レコンダムの冷徹な声を、ボリスは忘れない。忘れられない。

『…わかった』

身動きのとれないボリスの目の前で、無抵抗のグレフが、どんどん痛めつけられていく。

殴る蹴るならまだいい。だが体のあちこちに短剣を突き刺されたのを目の当たりにした時、ボリスは声にならない悲鳴をあげた。

『師匠、逃げろ! 俺はいいから。
あなたの夢を叶えてくれ!』

『…いいや』

グレフは笑った。

少し悲しげで、けれど慈愛に満ちた、とびきりの笑顔。

最後の笑顔だった。

『私の夢を叶えるのはお前だ、ボリス』

グレフは突き立てられた短剣を引き抜くと、ボリスを拘束するレコンダムに向けて放った。

その剣はボリスを拘束する腕へと突き立つ。

うっと呻いて拘束する力が緩んだ瞬間を、ボリスは見逃さなかった。
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