本当のわたし
「こんな大事なものここに飾って良いの?」

「うん。これがあたしの始まりだから」

アトリエができた時にここに飾ると汚れるよ!?と心配したあの子。

「懐かしいなぁ〜」

陸斗さんが書いてくれたあたしの肖像画。

今のあたしが描けるのは1つだけなのかもしれない。

キャンバスに再び向き合って手を動かす。

夢中になっていたらあっという間に夜だった。

電車乗って家路につく。

途中でメイプルの前で立ち止まる。

入ろうかなと扉に手を伸ばすけどやっぱり怖くてやめてしまう。

「高校生になったらパパのお店で本格的にバイトしようと思ってるんだ!」

あの子の言葉を思い出す。
バイトしてるのかな。
あたしなんかよりもずっと大人で、何歩も先を歩いてる子だった。

あたしはそれに追いつきたくていつも必死だった。

だけど、どんなに頑張ってもあの子に追いつける事なんてなくて。

頭でっかちで後ろ向きのあたしのことを引っ張ってどんどん前へ行く。

メイプルの扉の横にある小さめな黒板。
ここはお客さんが自由に書いて良いもの。

あたしはそれにそっと手を伸ばし

『ありがとう。月』

そう書いてメイプルを通り過ぎて再び家路に着く。

あたしだと気づかなくても良い。
だけどずっと伝えたくも伝えられなかった言葉。

直接言えない臆病なあたしを許してね。
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