多股女の嬌笑
【0人目】‐‐‐かつて純粋だった頃
平均よりかは遅い方かもしれないが、初めての恋人は大学生の頃だった。
相手も同じ年齢で、
同じ学部で、
最初に受けた授業で座っていた席が近かったために、
とにかく誰かと親睦を深めて周りから出遅れないようにという、新入生の性なのか、
声をかけてくれた異性が後々の恋人へと発展した。
一般的な恋愛の発展例。
大学のキャンパスライフの中でほぼ6割は占めるであろう「大学内恋愛」。
おそらく残りの3割は新しく始める「バイト内恋愛」。
残り1割は他大学との合コンか、もしくは、高校からの交際の延長などの「その他」だろう。
交際内容に至っても、少女漫画のように恋敵が出現して、恋人をめぐって一喜一憂することもなく、
実は理事長の息子でしたとか、実はアイドルでしたとか、
非日常的メルヘン要素は一つどころか微塵もない。
典型的王道大学生スタイルであるサークルに加入しそびれてしまった私たちは、始めたばかりのアルバイトに明け暮れ、
時にはテーマパークなどのレジャーに足を運んでは楽しんだが、ほぼ大半は大学に距離が近い相手の家にあがっては、ゲームやレンタルしたDVDを観るなど、なにかとゴロゴロ過ごしていただけだった。
ただ『初めての彼氏』というレアアイテムを獲得した私は、毎日幸せな主人公気取りだった。
大学内では「彼氏持ちの女」というレッテルを存分に振りかざし、
彼氏と隣で過ごす風景を大いに見せびらかせた。
女友達には恋愛の相談役となり、男友達には、彼氏に羨望の目を向けるような理想の彼女像を築いた。
しかし幸せな主人公ストーリーは短くゲームオーバーを迎えた。
つい昨日までいつも通りだった相手から別れ話を告げられたのだ。
「好きな子ができた」
とーーー。
だからといって、ここから主婦がかじりついて観る昼ドラマのような愛憎劇が始まるわけでもなく、
事を揉めず関係は終止符をうった。
今思えば、少しは泣いてすがっても良かったのかもしれないが、特に引きとどめたいと思わなかった点で、
「彼氏本体」に対しての愛情はとうになかったのかもしれない。
諦め切れなかったのは、恋人との関係ではなく、幸せな主人公ストーリーだったのだ。
だから、悪口も捌け口もせず、静かに袖を濡らすように振舞うと、まわりはみな同情し、勝手に悲劇のヒロイン像を構築してくれた。
ただ、代償と言ってはなんだがそのヒロイン像が大き過ぎて、「〇〇君の彼女」が強く知れ渡り過ぎてしまった為に、その後は何事も起こらず、徐々に少なくなる授業数に比例し、徐々に多くなるアルバイトの勤務時間の中で大学での4年間は終わりを告げた。
とても普通な大学生活だったと言える。
可も不可もなくだった。
まわりは今でも「大学時代に戻りたい」とお酒片手に愚痴り出すが、私は後悔などなかった。満足だったのかと問われると即答は出来ないが、私は単にこれからの新生活だけに興味が出ていただけだった。
どんなOLになろうか。
ネイルもしたいし、初給料の中から奮発してワンランク上のブランド品も買いたい。
どうせなら唯一大学生活では叶わなかった一人暮らしも計画したい。
そんなOL用女性雑誌の典型的スタイルを全てクリア、出来ないにしても体験したかったのだ。
だから、恋愛は積極的でも消極的でもなく、
優先順位で考えるとかなり低い位置にあった。
そう、恋愛はそこまで必要じゃない。
恋人なんて、強く求めるものではない。
ーーーーーー「本当に?」
鏡の向こうで溺れに溺れた黒く澱んだ瞳を持つ私が、微笑みながら首を傾げた。
それに気がつかなかったのか、それとも、気がつかなかったフリをしていたのか。
今となってはどうでもいい。