【完】幼なじみのあいつ
「鈴が俺を応援してくれる声が聞こえてきて、凄く嬉しかった。試合開始からずっと大声出してくれれば勝ったかもしれねぇのにな」
翔ちゃん…、ごめんね。
私が大きな声で応援しなければあの時、シュートしなかったんだって…、勝てたんだって怒ってないの?
お前のせいだって、私にぶつけてくれていいのに…。
「そんな顔すんな」
「え?」
私、どんな顔、してるの?
見上げると翔ちゃんが優しく目を細めながら、目元にかかる前髪に手を伸ばした。
翔ちゃんの手で横にずらした前髪が、サラリともとに位置に零れ落ちる。
「ほんと、ゴメン」
「………」
だから翔ちゃんのせいじゃない。
………私のせい---
「………チュッ」
「へっ???」
柔らかく濡れたものが私の額に触れ、そして離れていく。
それに一瞬遅れて気付いた私が見たのは、翔ちゃんの後頭部。
そして真っ赤に染まった、翔ちゃんの大きな耳---
もしかして私、額にキスされた?
伝染したように、私の顔も真っ赤に染まってしまう。
どうして私に…、キスしたの?
ただの、気まぐれ?
それでも構わない。
私はただただ嬉しさに、頭がボーっとしてしまっていた。
「ほら、行くぞ」
「う、うん」
振り向く事なく私の前を歩く、翔ちゃん。
翔ちゃんが2、3歩前を歩いたところで、はっと気付いた私もそれにつられるように歩き出す。
「次は、夏合宿だな」
「うん」
それが終わったらもう、バスケ生活ももう終わり。
翔ちゃんのバスケをする姿ももう、見れないんだね。
噎せ返る程の夏の湿気交じりの風が、妙に冷たく感じた。
バスケが出来なくなるのが寂しくて感じたからなのか、それても翔ちゃんとの繋がりの一つが途絶えるのが悲しいからそう感じたのか…。
分からなかったけど、夏の暑さには合わない冷たさが私の心の隙間に潜り込む。
「合宿、楽しみだな」
「うん、………楽しみだね」
今は楽しもう。
バスケを引退した後の事を考えるよりも、今を楽しんでいればいい。
これからどうなるのかは分からないけど今、私の横にいてくれるのは翔ちゃん。
こんなに傍に感じる事ももう、なくなるかもしれない。
だから…、
今この時に、浸っていよう。
前を歩く、翔ちゃんの大きくて逞しい背中を見つめながらそう思った。