絡繰りに潜む誘惑
……。
痛くない…。
痛くない…ツ!!
そっと瞳を開けると、目の前に大男の拳が見えた。
いつの間に人が居たのだろうか。
俺の右手に長身長の男が自分を殴ろうとしていた大男の拳を掴みながら立っていた。
大男はギリギリと奥歯を鳴らしながら俺の襟元から手を引き、走って逃げて行った。
突然、手を離されたせいで再び地面に腰を強打した。
鈍い痛みが再び襲ってくる。
地面に座り込み腰をさすっていると、俺を助けてくれた男が手を差し出してきた。
黒に近いダークブラウンの髪、骨格の綺麗な輪郭、そして目元がキリッとしたガラス玉のような黒い瞳。
虜にされそうなくらい整った美貌は誰が羨むくらいだった。
「大丈夫か?お嬢さん」
月夜に響くような凛とした声で囁かれ俺は彼を見上げた。
「…お嬢さん?」
思わず素っ頓狂な声で復唱してしまう。
だって自分は男だ。
女みたいだ、と言われる事も多々あるが、断定されたことはなかった。
だが、自覚があった。
16歳とは思えないほど細々とした華奢な身体、綺麗に形どられた輪郭と鼻、そして髪の毛と同色の栗色の大きな瞳。
女の子と見間違えてもおかしくはなかった。