ツレない彼の愛し方【番外編追加】
二人とも無言のまま。車内には重い空気が流れている。
早瀬の顔を見れず、私の視線はまっすぐを向いたまま。
早朝の街を眺めていた。
仕事場とは言っても部長の部屋で一夜過ごしてしまったこと。
体調を崩してなりゆきでそうなってしまったのに、さっきのおでこにキスでやましいことが無かったとは言い切れない。
今、何を言っても言い訳のような気がしてしまう。
この沈黙を破ったのは早瀬だった。
「朝帰りとは良いご身分だな。」
ぶっきらぼうな早瀬の声が聞こえて来た。
ふと昨夜の早瀬を思い出す。
「社長だって・・・綾乃さんとご一緒だったじゃないですか」
そう言葉に出した途端、ある事に気が付いてしまった。
「あっ!」
私はハッと気が付いて、早瀬の顔を見返した。
こんなに朝早く早瀬がホテルにいたのは、綾乃さんと一夜を過ごしたからなんじゃない?
....そっか....そういうことか。
ダメだ...胸が苦しくなる。
「降ろして下さい。」
低く唸るように飛び出した私の声。
「はっ?」
「降ろして!降ろしてーーーー!」
私が怒鳴りながら、早瀬のハンドルを持つ腕を叩いた。
「おい!!!響、何してる!?危ないだろう!!!!!!」
早瀬がすぐに路肩に車を停めた。
私は車を降りようとドアを開ける。
あ、シートベルト。
興奮してるせいか手が震える。
うまくベルトをはずせない。
「響、お前...落ち着け!!!どうしたんだ。」
早瀬は私を落ち着かそうと、シートベルトをはずせずにもがいている私をきつく抱きしめる。
「いや!!!!
他の人を・・・触った・・・・手で・・・いや・・・。」
どんどんこぼれ落ちる涙を止めることができず、途切れ途切れにやっと言葉にする。
「誰が誰を触ったっていうんだ!」
「社長が・・・綾乃さんを・・・」
「はぁ?!俺は誰も触ってないし、綾乃とは、あの後、すぐに別れた。それからすぐにお前に電話をしたら、修二くんが出て、響が倒れたと言われたよ。」
「電話?」
慌ててバッグから出したスマホを見ると、私が眠っていたであろう時間に何度も早瀬からの着信があった。
「迎えに行くと言ったけど、修二くんから頑なに断られた。その後、お前の電話はつながらないし、どうすることもできずに...家でひたすら待ってた。」
早瀬の目は私を慈しむようにみつめている。
「心配で心配で一睡もできなくて、気が付いたら、ホテルまで車を飛ばしてた。」
さっきまで泣きじゃくっていた私の頬を早瀬の手がそっと包み込む。
「どうして倒れた。体調が悪かったのか?」
優しい眼差し。
「社長と綾乃さんが一緒にいるところを見たら、胸が苦しくなって急に目眩がして・・・」
「お前はまったくわかってないんだな。フッ・・・。」
「何が可笑しいんですか?」
笑っていた早瀬が真剣な顔つきになる。
「綾乃の件はちゃんと片付けるから。お前は何も心配しないで俺だけを信じていればいい」
そういって私の首元から手を入れ、髪を梳いた。そのまま頭をぐっと自分に引き寄せ、私を自分の胸に収めてささやく。
「俺を信じられるか?」
胸から響く早瀬の優しく低い声に、さっきまであった不安と嫉妬が少しずつ溶けていく。コクコクと頷くと、また私の髪に指を差し込み、そっと髪の毛を梳く。
すると早瀬の指がビクっと音を立てるように止まった。
急に私を胸から離し、鋭い視線を突き刺す。
「お前、修二くんに何された!」
「えっ?」
「首に痕なんかつけてきやがって」
悔しそうに唇を噛み締めている。
「クソ!」
ハンドルを思い切り叩いた。
「あっ!違う、これは違うの。垣内部長とはやましいことはなんにもないの。」
早瀬が怖い顔で私を睨む。
「ホントに...なにも...
部長に抱きしめられて...咄嗟のことで...でもそれ以上はなにもないの」
「響・・・」
早瀬が私を再び引き寄せる。痛いくらいギュッと抱きしめられ息がつけない。
「隙がありすぎるんだよ、お前は...
ホントに...
何もなかったんだな?」
早瀬の胸の中でコクンコクンと頷く。
はぁ〜と大きく深呼吸した早瀬の優しくてせつない囁き声。
「お前は誰にも渡さない。どこへも行くな。」
その言葉がただ嬉しくて涙が止まらなかった。
このままシアワセな時が過ぎていけばいいと思ったのに神様は意地悪だ。