ツレない彼の愛し方【番外編追加】


「おはよう、隆之介…。」

キレイに整った顔が煌びやかに微笑んでる。
早瀬は驚きのあまり、動きが止まっている。俯いた顔を上げた私を見て、綾乃さんは「フフン」というようにどこか面白そうに笑っていた。


「社長、話はそれだけですか?」

いたたまれなくなって私は逃げる。



「えっ?…ああ。」


「なら、仕事に戻ります。失礼します。」

そう言って綾乃さんに一礼し、応接室から出て来た。
今は泣かない。あの女性(人)の前で絶対に。
その為には心を無にして通り過ぎるしか無い。
なにも見ない、なにも考えない、何も…。


席に着くと心配そうに朽木くんが待っていた。

「響さん…」


私はいつもと変わらない笑顔を朽木くんに向ける。


「あ、朽木くん桜井商事さんのデザイン画、どうしたかな?」


「えっ?あっ、ほぼできてます。午前中には仕上がる予定です。」


「ありがとう。」


いつの間にか出勤して来ていた岡野も美咲ちゃんも曖昧な笑顔で私を見ていた。
なんかみじめ。


とにかく心を無にして目の前のやるべきことを黙々とこなす。
あれから綾乃さんと社長はすぐに出掛けて行ってしまった。
永野さんからは記事が出てしまうこと、内容の確認はまだできていないことなど簡単に説明を受けて、事務所に問い合わせが来ても一切応じなくていい指示を出して一旦、着替えに自宅へ戻った。


午前中は事務所に電話での問い合わせが何本も来た。
メールも殺到していた。

一切応じなくていいと言われても、ただ黙って見ている訳にも行かず「事実を確認中」と言う内容で電話は美咲ちゃんと朽木くんが応対してくれていた。岡野と私はメールを返信。
それも午後になるとやっと落ち着いて来た。
芸能人でもないのに、こんな騒ぎになるのか。と他人事のように考えていた。
早瀬は綾乃さんと出て行ったきり帰って来ていない。


ひとしきり騒ぎが鎮まると余計なことを考えてしまう。
早瀬をこのまま信じて待っていればいいんだよね。
今は「俺を信じろ」という早瀬の言葉だけでやっと立っている自分がいた。




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