ツレない彼の愛し方【番外編追加】
「行く」
と電話を切ってから慌てて下に降りて来た。
みんなが退社した事務所にいる訳にもいかず、事務所の前でぼんやりと突っ立ていると退屈する暇もなく目の前に停まった車から垣内部長が降りてきた。
運転席から降りて小走りに私の元へやってくる。
「響ちゃん、大丈夫?あれ?」
どうやら泣いてボロボロな私を想像していたらしく、慌てて来たものの、意外と普通に立っていた私を見て不思議そうな顔をしている。
「ま、とにかく行こ。」
「あの…ココまで来て頂いてなんですが…私、大丈夫なのでどこへも行きません。」
「うん、わかってる。じゃ、車に乗って。」
「はい?部長、聞いていました?」
「あのさ、部長部長って、僕は響ちゃんの上司じゃないんだから部長はやめようか。」
「なんで今その話なんですか?部長がダメなら垣内さん!」
「修二!」
「いや、いや、取引先の会社の方をいきなりファーストネームっておかしいです。」
「えっ?だってファーストネームで呼んでるじゃん、綾乃のこと。」
「あ…それは」
困った。確かにそうだった。けれど、綾乃さんはみんなが綾乃さんって最初から呼んでいたから、そのまま呼んでしまっていた。
「ね、だから僕も修二で良いよ。」
「良いよの意味がわかりません。というかどこ行くんですか!」
話も終わらないうちに私の手を引っ張って助手席のドアを開ける。
「さぁ、乗って。」
「乗りません!」
「乗らないと強引に乗せるよ。お姫様抱っこ。」
「へっ?」
ヘラっと笑って、私の足を抱えてお姫様抱っこをしようとしている。このままだと
本当にやるんじゃないかと仕方なく助手席に乗った。
「どこへ行くかだけ教えて下さい。」
運転席に乗る修二を見ながら不機嫌に聞く。
「今日は強制的に食事に付き合ってもらうよ。」
「・・・食欲が無いんです。」
「ダメだよ、最近、ちゃんと鏡を見てる?何日か前に逢った時より随分と痩せて見えるよ。」
「・・・・・。」
「顔色も悪い。身体、辛いんじゃないの?」
「ホントに食べたくないんです。食べようとしても身体が受け付けないんです。」
わかってる。食べなきゃいけないこと。身体が辛いこと。
でもそれ以上に現状が辛くてどうしようもない。
毎日、顔を合わせては憎まれ口をたたいても、早瀬がそれを面白がって受け止めてくれていた。そんな些細なことさえ、今はもうできないなんて。
「社長は今どうしてるんでしょうか?綾乃さんと一緒なんでしょうか?」
「連絡は無いの?」
「仕事上の連絡はあります。でもほとんどがメールで、あとは永野さんがパイプ役になってくれています。
「永野さんは?永野さんもなにも教えてくれないの?」
「たぶん…私達が詳細を知るとどこかで聞かれた時に嘘をつくか、黙っていなくてはならないことを避けるためにほとんど何も教えてくれないんです。知らないとだけ言っておけばいいように。」
「そっか…。とにかく響ちゃんは何か食べておかないと。このままじゃ倒れちゃうよ。」
「はい。あの部長は…」
「修二!」
そこに拘る意味がわからないけど、面倒なので言われるままに呼ぶ。
「・・・・修二さんはどうして私にここまで構うんですか?」
「かまうって・・・。」
垣内部長が困ったように苦笑いしていた。
「自分に気があるんじゃないかと思わないわけ?」
「逢ったばかりですから…」
「思わないんだ…
そうだね、キミにどうしてかまうのかと聞かれたなら…
同士?
同じ立場に見えるキミを放っておけないというのもあるかな。
もちろん響ちゃんに興味があるのが前提だけどね。」
「同士?!」
「そっ!さてご飯食べに行こうか!」
何ともあやふやな会話のまま、修二の車は混雑している国道にスムーズに滑り出した。