サマーノウト
確かに耳にしたことのない曲だけれど、ノスタルジーが心に染み渡る。
一つ一つの音符が頭の中で、海の泡へ、沈む夕陽へと姿を変えていく。
橙色の夕空。
その曲が終わるまで、あたしは少しも動き出せずにいた。
最後、低い音を出してヴァイオリンの演奏は終了した。
ゆっくりと感嘆の息をつき、辺りを見回すけれど、砂浜に演奏者の姿はない。
せめて、誰がこの曲を作ったのか訊きたかったのだけれど…。
「…いないか」
訊くことを諦め、再び歩き出そうと足を一歩踏み出す。
途端、マリンが家とは逆の方向に向かって波の上を走り出した。
「えっ、あ、マリン!」
リードを握っているあたしはマリンの勢いを止められず、向こう側へと引っ張られていく。
マリンに連れられ、柔らかい砂の上を駆ける。
視界の端に映った夕陽は、すでに全体の半分ほどが海に浸かっていた。
飛沫が上がり、ワンピースの裾をぽつぽつと濡らす。
マリンはどこに向かっているのだろう。
前を見ると、遠い向こうの砂浜に、小さな人影を一つ見つけた。