サマーノウト
…あの人、何かを持ってる。
息を切らしつつ、マリンとあたしは猛スピードで人影に近づいていく。
風が耳元でささめいた。
少しずつ黒い髪が見えてきて、持っている物がなんなのかを理解する。
あれは…ヴァイオリン?
じゃあ、さっきのはあの人が…。
気が緩んだ、一瞬のことだった。
「あ!」
リードが、手から抜けた。
気づいたときは遅く、マリンは到底追いつけない速さであたしの元から離れていった。
慌てて追いかけるけれど、マリンは遠ざかっていく。
「待って、マリン!マリ…っ!」
足が砂に取られ、もつれた。
そのままあたしは、濡れた白砂の上に盛大に転ぶ。
顔を上げると、マリンが人影に駆け寄っていくのがみえた。
そして――マリンは、容赦なく人影に飛びかかった。
急がなきゃ…!
砂まみれのワンピースを軽く叩きながら必死にマリンの足跡を追う。
「す、すみません…!」
マリンに追いついたとき、あたしはリードを持つと素早く頭を下げた。
転んだことも相まって、恥ずかしさでいっぱいだった。
気まずい沈黙が漂う。
焦りが喉までこみ上げてきたとき、つと、声がした。
「…この子、君の犬?」
「えっ?あ、はい」
「へぇ。オス?メス?名前は?」
そっと、視線だけを上げる。
夕陽色のヴァイオリンを片手に、同い年ほどの少年が、マリンの前で微笑んで立っていた。