サマーノウト
「女の子です。マリンって言って…あの、すみませんでした」
少年は返事をせず、しゃがみ込むとマリンの頭を撫でた。
「…可愛いな。この子、ゴールデンレトリーバー?」
「…はい」
「懐かしい。俺も昔飼ってたんだ。てか、君、頭上げなよ」
少年は立ち上がり、あたしに視線を合わせ大きな目を細めた。
黒髪が潮風になびき、どこからか風鈴の音がした。
あたしの目は無意識に、ヴァイオリンへと注がれる。
この人が、さっきの曲を弾いていたのだろうか。
「本当にすみませんでした」
「いいよ。犬だったから。これが猫ならお断りだけどね」
「猫、お嫌いなんですか」
「ううん。好きだけど、猫が近くにいるとくしゃみが止まらなくて」
彼は口元を緩め、またマリンの頭にしなやかな手を流す。
その様子を見ているうち、さっき曲を奏でていたのはこの人だという、理由のない確信が芽生えた。
「さっき曲を弾いてたのって、あなたですか?」
あたしの問いかけに彼はそっけなく「そうだよ」と返事をする。
小さな嬉しさを感じて、あたしも笑顔をつくった。
「素敵な演奏でしたね。心に響くっていうか…ヴァイオリンお上手なんですね」
「そう?ありがとう」
彼があたしに笑いかけるのを見て、あたしも彼に笑顔を返した。