サマーノウト
「なんていう曲なんですか?」
頭だけを残した夕陽を視界に入れつつ、彼に質問する。
彼はやっとマリンを触るのをやめ、空に目を向けた。
橙色と紺色の混ざった曖昧な境界線が、あたしと彼の真上にあった。
「そうだな…ううん、『サマーノウト』って言うんだ。さっきの曲は」
「サマーノウト、ですか。…ええと、夏の…ノートのことですか?」
「はは、不正解」
端正な顔で、彼はにっと笑う。
「夏の音符。わりかし気に入ってる曲なんだ」
「あ、す、すみません!間違えてしまって。…綺麗な曲ですね。作曲した人って、誰か知ってますか?気になってしまって」
「誰だと思う?」
「え?ええっと…モーツァルト、とか…」
「不正解」
「じゃあ、ベートーベンとかですか?」
「それも違うな」
悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて、彼は正解を告げる。
「作ったのは、俺だよ」
「…え?」
彼はヴァイオリンを構えると、すっと目を閉じる。
そして――滑らかな動作で、弓をひいた。
途端、透明な音が風に乗り砂浜にあまねき始める。
彼の手によって紡がれる音は、さっき聴いた曲と、一音違わず同じだった。