8月の雪


「正直、死ぬのは怖くなかった。早いか遅いかの差…私は少し早いだけ。
だから、覚悟はとっくに出来てたの。
……でもね、毎日泣き腫らした目で来るお母さんを見てたら、恐怖心が出てきたの…」


それは、小さな芙由の体では抱えきれないほどの、恐怖心。


捨てた未来を…見れない夢を…


無言の悲しい気持ちが伝わって、泣かずにはいられなかった。


「でもね、今こうして私がいるのは、あの男の子の言葉があったから…」

「………なんて…何て言ったの?」


初めて開いた口は、少しだけ震えて、言葉がうまく出てこない。

そんな俺を見て、芙由はクスッ、と笑った。


「…“未来がどうとか、あの時はどうとかじゃないよ。今が大切なんだ…今があれば、なんでも出来る。
俺は、今が幸せだと思えれば、生きていけるから…”



一トクンッ…トクンッ…


「…祐が言ったんだよ」


芙由は苦笑しながら、俺を見る。


「…………」


今度ははっきりと聞こえる音と一緒に、俺は記憶のそこを呼び覚ましていた。




< 98 / 111 >

この作品をシェア

pagetop