アメとブタ女(短編)
途端、アメの争奪戦が始まる。上級生も下級生も、男も女も関係なしにアメの袋に手を伸ばす。
その様子をぼーっと見ている私の前に、影ができる。
「はい、アキ。アメだよ」
クラスメイトのヒビヤからいちご味のアメを受け取る。
「あ、ありがと……」
彼の顔を直視できずに下を向く。床の上にある、私の両足だけが見える。
体中に汗を感じる。顔が赤くなっているのを感じる。
彼がいなくなってから、私はようやく前を向ける。
最近、こうやって先生が配るアメを、ヒビヤが取ってきてくれる。
そのたびに、ヒビヤは優しいと思う。
嬉しいのだけれど、毎回、唇が震えてまともにお礼が言えない。頭が真っ白になって、いきなり「ありがとう」の五文字を忘れてしまう。
今日こそは……なんて毎日思うけれど、顔をあげた後に音楽室を見回しても、ヒビヤはもういなくなっている。
本当に、本当の、今日こそは。
お礼を言うため、アメをポケットにしまって私は音楽室を急いで出た。