十一ミス研推理録2 ~口無し~
まず、先制攻撃とばかりに十一朗は貫野に話しかけた。
「聞いたよ、父さんに。貫野警部補、主任になれるかもしれないんだって? 何か、退職する人がいるから、棚ぼた昇格だって……」
「棚ぼたって言うな。努力の賜物だよ」
「ああ……貪欲の棚ものね」
「棚ものって。どこまで棚ぼたネタ引っぱるつもりだ!」
この言葉の応酬戦に我慢仕切れなくなった文目が、とうとう吹き出した。どうやら十一朗と貫野の漫才は、彼の笑いのツボに、はまってしまったらしい。
また同じ看護師が違う部屋の患者の検診を終えて出てくると、こちらを睨みつけてくる。
貫野は静かにしろというような素振りで、指を自分の唇にあてた。
しかし、一番騒いでいたのは貫野だろう。十一朗は呆れて息を吐いた。
「あのさ、意識不明の男の素性はわからないとしても、殺された男と何かしら接点があったはずだろ? 殺されたのって、どんな人だったんだ?」
十一朗の質問に貫野は答えない。どうやら黙秘を決めこんだ様子だ。
しかし代わりに、文目が手帳を開いて説明をはじめた。
「暴力団組員、升田龍治です。前科八犯。傷害、麻薬、賭博、偽造、銃刀法違反……何か、やってない罪はないって感じですね」
文目が遠慮なしに語るのを見て、もう隠すのもつかれたというように貫野が続けた。
「俺たち一課だけじゃない。四課……今は組織犯罪対策部、主にマル暴を扱う課だが、そいつ等の中でも、知らない奴はいない有名人だった。俺らは奴を綱渡りって愛称で呼んでた」
マル暴は警察用語で暴力団を差す。昔は暴力団を取り扱う課は四課と言われていたが、現在では組織犯罪を取り扱う課、組織犯罪対策部として動いている。
刑事部でいう捜査一課が証拠や証言を求めて駆け回るコマネズミと喩えるなら、組織犯罪対策部は威圧と頭脳で相手を恐れさせる大猩猩(しょうじょう)軍団といっていい。警察内部を知る者は、捜査一課より組織犯罪対策部のほうがエリートという者も多いのだ。
そんな組織犯罪対策部と捜査一課全員が知るほどの男だったのなら、遺体を見た瞬間に全員が「こいつは」と言ったに違いない。
十一朗は殺された男の素性を頭の中で整理すると、貫野に質問を続けた。
「綱渡り?」
「ああ、罪を犯しても殺人はしない。死刑や無期をかわしてギリギリの罪を重ね続けているから綱渡りだ。皮肉なことに今回は綱から落ちたんだろうが……俺も事情聴取をしたことがある。むかつく奴でな。取調室や法廷では、アホなくらい反省した態度見せるのに、シャバに出たら狂人になる。ま、怨む人物を数えたら星の数ほどいるだろうな」
暴力団組員と一般人が何かしら争っていたとしたら、それは金銭が絡んでいたと考えたほうがいいだろう。多額の借金をした男が、金の返還を要求されて凶行に走る……一番、納得できる動機だといえる。
「そこからあたったら、あの謎の人の正体はわかるはずだろ? 升田って人、組にいたのなら顧客リストもあるんじゃないか?」
十一朗の言葉に、貫野と文目が目を合わせて妙な顔をした。どうやら既に手は伸ばしているらしいが、何か様子がおかしい。
「奴、数か月前に組を抜けてんだよ。組の連中は抜けた奴の客なんか知らん。奴に貸した金がまだ残っている。奴の客知ってるのなら教えてくれって、逆に怒涛の応酬されてな……どうやら仲間には、まとまった金が手に入るとは言っていたらしいが、客の名前は伝えていなかったらしい」
一通り説明し終えた貫野が、威張り散らしたように仰け反った姿勢を直すと、十一朗に迫った。
「それよりも教えろ。あの一年生、出会い系サイトに手をつけたりしてないか? どうも、知らないなんていう話は信用できねえ。男が女に金をつぎこんでいた。その金の返還を迫られて、二人で升田を殺したという話になれば、全てが繋がる」
十一朗は、貫野の早急過ぎる推理に呆れた。
人を見たら疑え。それは刑事たちの中にある暗黙の了解でもある。だが、本当か嘘かを見極める眼力も必要だ。
出会い系サイトで知り合った意識不明の男を見て、高校一年生の女子があそこまで冷淡な表情で会話を続けられるだろうか。
しかも電話を受けた直後は母親が飛び込み自殺したと思いこみ、自力で立ち上がれないほどの状態に陥っている。
「聞いたよ、父さんに。貫野警部補、主任になれるかもしれないんだって? 何か、退職する人がいるから、棚ぼた昇格だって……」
「棚ぼたって言うな。努力の賜物だよ」
「ああ……貪欲の棚ものね」
「棚ものって。どこまで棚ぼたネタ引っぱるつもりだ!」
この言葉の応酬戦に我慢仕切れなくなった文目が、とうとう吹き出した。どうやら十一朗と貫野の漫才は、彼の笑いのツボに、はまってしまったらしい。
また同じ看護師が違う部屋の患者の検診を終えて出てくると、こちらを睨みつけてくる。
貫野は静かにしろというような素振りで、指を自分の唇にあてた。
しかし、一番騒いでいたのは貫野だろう。十一朗は呆れて息を吐いた。
「あのさ、意識不明の男の素性はわからないとしても、殺された男と何かしら接点があったはずだろ? 殺されたのって、どんな人だったんだ?」
十一朗の質問に貫野は答えない。どうやら黙秘を決めこんだ様子だ。
しかし代わりに、文目が手帳を開いて説明をはじめた。
「暴力団組員、升田龍治です。前科八犯。傷害、麻薬、賭博、偽造、銃刀法違反……何か、やってない罪はないって感じですね」
文目が遠慮なしに語るのを見て、もう隠すのもつかれたというように貫野が続けた。
「俺たち一課だけじゃない。四課……今は組織犯罪対策部、主にマル暴を扱う課だが、そいつ等の中でも、知らない奴はいない有名人だった。俺らは奴を綱渡りって愛称で呼んでた」
マル暴は警察用語で暴力団を差す。昔は暴力団を取り扱う課は四課と言われていたが、現在では組織犯罪を取り扱う課、組織犯罪対策部として動いている。
刑事部でいう捜査一課が証拠や証言を求めて駆け回るコマネズミと喩えるなら、組織犯罪対策部は威圧と頭脳で相手を恐れさせる大猩猩(しょうじょう)軍団といっていい。警察内部を知る者は、捜査一課より組織犯罪対策部のほうがエリートという者も多いのだ。
そんな組織犯罪対策部と捜査一課全員が知るほどの男だったのなら、遺体を見た瞬間に全員が「こいつは」と言ったに違いない。
十一朗は殺された男の素性を頭の中で整理すると、貫野に質問を続けた。
「綱渡り?」
「ああ、罪を犯しても殺人はしない。死刑や無期をかわしてギリギリの罪を重ね続けているから綱渡りだ。皮肉なことに今回は綱から落ちたんだろうが……俺も事情聴取をしたことがある。むかつく奴でな。取調室や法廷では、アホなくらい反省した態度見せるのに、シャバに出たら狂人になる。ま、怨む人物を数えたら星の数ほどいるだろうな」
暴力団組員と一般人が何かしら争っていたとしたら、それは金銭が絡んでいたと考えたほうがいいだろう。多額の借金をした男が、金の返還を要求されて凶行に走る……一番、納得できる動機だといえる。
「そこからあたったら、あの謎の人の正体はわかるはずだろ? 升田って人、組にいたのなら顧客リストもあるんじゃないか?」
十一朗の言葉に、貫野と文目が目を合わせて妙な顔をした。どうやら既に手は伸ばしているらしいが、何か様子がおかしい。
「奴、数か月前に組を抜けてんだよ。組の連中は抜けた奴の客なんか知らん。奴に貸した金がまだ残っている。奴の客知ってるのなら教えてくれって、逆に怒涛の応酬されてな……どうやら仲間には、まとまった金が手に入るとは言っていたらしいが、客の名前は伝えていなかったらしい」
一通り説明し終えた貫野が、威張り散らしたように仰け反った姿勢を直すと、十一朗に迫った。
「それよりも教えろ。あの一年生、出会い系サイトに手をつけたりしてないか? どうも、知らないなんていう話は信用できねえ。男が女に金をつぎこんでいた。その金の返還を迫られて、二人で升田を殺したという話になれば、全てが繋がる」
十一朗は、貫野の早急過ぎる推理に呆れた。
人を見たら疑え。それは刑事たちの中にある暗黙の了解でもある。だが、本当か嘘かを見極める眼力も必要だ。
出会い系サイトで知り合った意識不明の男を見て、高校一年生の女子があそこまで冷淡な表情で会話を続けられるだろうか。
しかも電話を受けた直後は母親が飛び込み自殺したと思いこみ、自力で立ち上がれないほどの状態に陥っている。