十一ミス研推理録2 ~口無し~
「それは絶対にないよ。それに頼むから、変な質問を彼女にしないでくれ。刑事ドラマが好きで、警察に憧れてるんだってさ。ひとりの刑事のせいで変な印象与えたくないだろ……それよりもすべきなのは、あの謎の人の素性捜査!」
 十一朗の指示に、貫野はあからさまに面倒臭そうに顔をしかめた。
「そんなとこ調べてたら、埒があかねーよ。奴が目を覚ますのを待ったほうがはやい」
 貫野が言い切ったところで、エレベーターの到着音が響いた。見ると二人の若い刑事がこちらに来る。
「貫野さん。死んだ升田の所在地がわかりました。ただ、同居人がいるようです」
 刑事のひとりが貫野に耳打ちしたが、十一朗を見て口を閉ざした。一般人を前に、情報を語ってはいけないという判断だろう。
 しかし、説明した刑事の隣にいたもうひとりが、十一朗の顔を見て会釈する。
 面識のない刑事のはずだ。十一朗は不思議に思いつつも応えるように頭をさげた。
「東海林刑事部長の息子さんですよね。以前、現場にいたのを見たもので……あの見識は、私も勉強させていただきました」
 十一朗は思い出した。久保の事件の時にいた刑事だ。
 十一朗と裕貴に、『彼女の両親が君たちに会いたいと言っているから、現場に残っていてくれ』と引き留めた人物。
 それにしても……と十一朗は思う。一見というものは恐ろしい。噂だけだと、喧嘩腰で入部させろと言ってくるのに、事実を見ただけで大の大人が頭をさげてしまう。
 十一朗がただの部外者ではないと捉えてか、刑事は中断した話を切り出した。
「その同居人が俵井(たわらい)らしく……ここは張るので、貫野さんは現場に行ってくれませんか?」
 刑事の言葉を聞いて、貫野が「俵井か……」と呟いた。
「あいつ家にいねーだろ。朝から晩までお勤めだしな……ま、確かに俺なら奴が立ち寄りそうな場所の見当はつくわ。なら、後はよろしく頼む」
 その場を他の者達に引き取らせて、貫野が歩き出した。文目も手帳をしまいながら駆け出す。便乗するように十一朗も続いた。
「何でお前がついてくるんだよ? あっち行け、シッシッ」
 当然、貫野は十一朗がついてくるのを良しとしない。しかし、十一朗には秘策があった。
「あのさ、ちょっと気になることがあるんだ。殺害現場の血痕に変な点とかなかった?」
「ねえよ。お前しつっこいぞ。タバコと酒と刑事面は大人になってからだ」
 十一朗を撒こうと貫野は足早に歩いているが、先にあるのはエレベーターだ。待ち時間で簡単に追いつく。十一朗は追撃した。
「ないわけないだろ……何で探さないんだよ。それがあれば真相に近づけるかもしれないのにさ」
 貫野はエレベーターが到着音を鳴らして開いたというのに、動きをとめて振り返った。
 求めていた反応を見て、十一朗はしてやったりと胸中でガッツポーズをする。
「よーし、分かった。どうしてもというのなら聞いてやるから、言ってみろ」
「俵井って人……どんな人?」
 言われて十一朗はわざと惚けた。貫野は歯噛みすると、こめかみに青筋を浮き出させる。
「この野郎……神様が許さなくても、世間さまが許すなら、俺はお前を殴ってる」
「そんなに怒らなくてもいいだろ。連れてくのはタダじゃんか。前に取引したし、それの延長線上だと思ってくれればいいからさ」
 聞いた貫野が十一朗の襟首を引っ張って、エレベーターに乗せた。文目も後からついてきて、閉のボタンを押す。扉が閉まると、降下感と共に二階を通過する。
 そこで貫野はタバコの箱を出しながら、口を開いた。
「お前は一度、親御さんに叱ってもらわなきゃ駄目だな……終わったら、絶対に電話してやる。覚悟しとけよ」
 遠回しではあるが、その答えは貫野が十一朗に同行を許したことを示していた。
「けどな、俵井も元暴力団組員だ。だから出しゃばった真似はすんなよ。お前は社会科見学にきた高校生。いいな」
 刑事部長の息子が、一刑事の前で元暴力団組員に刺されたなどという一大事が起きたら、簡単に一刑事の首など飛ぶに決まっている。
 それでも十一朗の同行を貫野が認めた理由は、前の事件の功績があるからに違いない。
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