十一ミス研推理録2 ~口無し~
「ちょっ、待てよ。まだ俺は何もしてねーよ」
逃げ切れないと観念したのだろう。俵井は弁解をはじめた。俵井の腕をつかんだまま、貫野が睨みつける。
「じゃあ何で、俺の顔見て逃げやがった」
「あんた、俺の顔見たら、いつもおっかねえ顔で迫ってくるじゃないか! それ見て逃げない奴なんていねーよ」
貫野は「まあ、そりゃ否定できないわな」と言って、俵井を放した。
といっても、ちゃんと逃げ道は封じている。
「その調子じゃ、何も知らなさそうだな。升田が死んだ。お前、何か知ってたら教えろ」
貫野は懐からタバコを取り出すと銜えた。対し、衝撃の事実を聞いた俵井は動揺する。
「死んだ? 殺されたんっすか。誰に?」
貫野が吐き出したタバコの煙が、開けていた窓から車内に入りこんでくる。十一朗は煙たくて噎せてしまった。
現実を受けとめきれずに混乱している俵井に、貫野が自分のタバコを差し出す。
一本受け取った俵井のタバコに貫野が火を点ける。すると、ようやく一服して落ち着いたのか、静かに語りはじめた。
「まいったな……俺、あの人に五十万貸したままなんっすよ。組にも借りたまんまらしいし。今日まとめて返してくれる予定だったんですけどね。やっぱ、殺したのって客っすか?」
自分が捕まらないと安心したのか、途端に流暢に語り出す。貫野が話を切り出した。
「殺されたって、悩む時間もなく言いやがったな。客の名前言ってなかったか? あと、いくら返ってくるとかは?」
「名前は聞いてないっす。客の名前を聞かないのは俺らの中にある暗黙の了解っつーか、横取りがあるかもしれないから、話しませんって。戻ってくる金は本当か嘘かよく知らないけど、七百万って……他にも金蔓を見つけたから、一億はくだらないって言ってました」
「一億?」
俵井の言葉に、貫野だけでなく文目と十一朗も声を裏返して叫んだ。
一通り驚きの行動を見せた文目はハンドルを握りながら、もう片方の手で指折り数えている。自分の月給に換算すると何年分なのか、皮算用しているのだろう。
「ありえねーでしょ。だから、殺されたって思ったんっすよ……」
俵井はタバコを一気に吸うと、十一朗を見た。何でここに高校生が? と、異物を見るような目だ。貫野が話を続けろというような素振りを見せると、俵井は煙を吐き出した。
「何でも、十年か前の貸しだとかで……どこまで本当かわかんないっすけどね。あの人、ホラも多かったから」
『綱渡り』死刑や無期をかわしてギリギリの罪を重ね続けている。
『取調室や法廷では、アホなくらい反省した態度見せるのに、シャバ出たら狂人になる』
その話が升田は生粋の『ホラ気質』だと裏付けている。升田が得意気に話す中に真実など、ひと欠片しかなかったのかもしれない。
しかし、今回は本当だったのだろう。殺される。その動機は相当の代物だったに違いないのだ。
これから事件をどう掘り下げていくのか、思考をはじめた貫野を見て十一朗は顔を出した。
「あのさ。升田の持ち物調べさせてもらったら? 家宅捜索を……」
「令状は?」
一即答したのは貫野ではなく俵井だった。その反応を見た貫野が、俵井の肩を抱くと不気味な笑みを浮かべて迫る。
「俺がまっとうな刑事じゃないってことは、もう理解してるよな? 訴えなら後で聞くわ。調べさせろ。偽造カードか? 麻薬か?」
俵井は慌てて首を横に振って否定した。墓穴を掘ったのだ。もはや言い逃れはできない。
貫野は携帯を取り出すと、連絡をはじめた。家宅捜索のついでに俵井の隠し財産も見つけてしまおうという寸法だろう。
観念した俵井は、借りてきた猫のように肩を竦めて縮こまってしまった。
仲間を呼んで、ある程度の算段をつけた貫野は、後部座席にいる十一朗に視線を向けた。
「おい、高校生探偵くん。さっきの話の続きを聞かせてもらうぞ」
聞いてきた貫野に十一朗は迷わず答えた。
「じゃあ、事件現場へ――」
逃げ切れないと観念したのだろう。俵井は弁解をはじめた。俵井の腕をつかんだまま、貫野が睨みつける。
「じゃあ何で、俺の顔見て逃げやがった」
「あんた、俺の顔見たら、いつもおっかねえ顔で迫ってくるじゃないか! それ見て逃げない奴なんていねーよ」
貫野は「まあ、そりゃ否定できないわな」と言って、俵井を放した。
といっても、ちゃんと逃げ道は封じている。
「その調子じゃ、何も知らなさそうだな。升田が死んだ。お前、何か知ってたら教えろ」
貫野は懐からタバコを取り出すと銜えた。対し、衝撃の事実を聞いた俵井は動揺する。
「死んだ? 殺されたんっすか。誰に?」
貫野が吐き出したタバコの煙が、開けていた窓から車内に入りこんでくる。十一朗は煙たくて噎せてしまった。
現実を受けとめきれずに混乱している俵井に、貫野が自分のタバコを差し出す。
一本受け取った俵井のタバコに貫野が火を点ける。すると、ようやく一服して落ち着いたのか、静かに語りはじめた。
「まいったな……俺、あの人に五十万貸したままなんっすよ。組にも借りたまんまらしいし。今日まとめて返してくれる予定だったんですけどね。やっぱ、殺したのって客っすか?」
自分が捕まらないと安心したのか、途端に流暢に語り出す。貫野が話を切り出した。
「殺されたって、悩む時間もなく言いやがったな。客の名前言ってなかったか? あと、いくら返ってくるとかは?」
「名前は聞いてないっす。客の名前を聞かないのは俺らの中にある暗黙の了解っつーか、横取りがあるかもしれないから、話しませんって。戻ってくる金は本当か嘘かよく知らないけど、七百万って……他にも金蔓を見つけたから、一億はくだらないって言ってました」
「一億?」
俵井の言葉に、貫野だけでなく文目と十一朗も声を裏返して叫んだ。
一通り驚きの行動を見せた文目はハンドルを握りながら、もう片方の手で指折り数えている。自分の月給に換算すると何年分なのか、皮算用しているのだろう。
「ありえねーでしょ。だから、殺されたって思ったんっすよ……」
俵井はタバコを一気に吸うと、十一朗を見た。何でここに高校生が? と、異物を見るような目だ。貫野が話を続けろというような素振りを見せると、俵井は煙を吐き出した。
「何でも、十年か前の貸しだとかで……どこまで本当かわかんないっすけどね。あの人、ホラも多かったから」
『綱渡り』死刑や無期をかわしてギリギリの罪を重ね続けている。
『取調室や法廷では、アホなくらい反省した態度見せるのに、シャバ出たら狂人になる』
その話が升田は生粋の『ホラ気質』だと裏付けている。升田が得意気に話す中に真実など、ひと欠片しかなかったのかもしれない。
しかし、今回は本当だったのだろう。殺される。その動機は相当の代物だったに違いないのだ。
これから事件をどう掘り下げていくのか、思考をはじめた貫野を見て十一朗は顔を出した。
「あのさ。升田の持ち物調べさせてもらったら? 家宅捜索を……」
「令状は?」
一即答したのは貫野ではなく俵井だった。その反応を見た貫野が、俵井の肩を抱くと不気味な笑みを浮かべて迫る。
「俺がまっとうな刑事じゃないってことは、もう理解してるよな? 訴えなら後で聞くわ。調べさせろ。偽造カードか? 麻薬か?」
俵井は慌てて首を横に振って否定した。墓穴を掘ったのだ。もはや言い逃れはできない。
貫野は携帯を取り出すと、連絡をはじめた。家宅捜索のついでに俵井の隠し財産も見つけてしまおうという寸法だろう。
観念した俵井は、借りてきた猫のように肩を竦めて縮こまってしまった。
仲間を呼んで、ある程度の算段をつけた貫野は、後部座席にいる十一朗に視線を向けた。
「おい、高校生探偵くん。さっきの話の続きを聞かせてもらうぞ」
聞いてきた貫野に十一朗は迷わず答えた。
「じゃあ、事件現場へ――」